中学歴史をまとめて学ぶ(年表からネット問題集まで)

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  • 南北朝時代のまとめ年表(中学歴史)
    南北朝時代の年表とポイント鎌倉時代と室町時代に挟まれているの約60年間(1336年から1392年まで)が南北朝時代です。南朝と北朝で2人の天皇がいることからこのように呼ばれています。まずは、この時代の大きな流れを確認してみます。南北朝時代の流れ二度の元寇による出費で武士の生活が苦しくなったことや北条氏への不満から鎌倉幕府の力が弱まります。そこで、倒幕を企てたのが後醍醐天皇。足利尊氏や新田義貞の力を借りて、鎌倉幕府を倒すことに成功した後醍醐天皇は天皇中心の政治を行います(建武の新政)。ところが、武士の不満が高まり、この中心だった足利尊氏が北朝をたてて後醍醐天皇の南朝と対立することとなりました。鎌倉幕府滅亡(1333年)後の3年間が建武の新政で、その後に南北朝時代となります。南北朝時代の年表1333年鎌倉幕府がほろぶ1334年建武の新政1336年後醍醐天皇が吉野に移る1336年南北朝の対立1338年足利尊氏が征夷大将軍となる1368年元がほろび明がおこる1378年足利義満が室町に幕府を移す1392年南北朝の合一(足利義満による)南北朝時代の定期テストでのポイント南北朝時代はおよそ60年続きます。定期テスト対策としては、どちらが南朝でどちらが北朝かを整理しておきましょう。北朝…京都、足利尊氏南朝…吉野(奈良)、後醍醐天皇楠木正成、新田義貞、神皇正統記は南朝側南朝側の武士には、楠木正成や新田義貞がいます。また、神皇正統記(じんのうしょうとうき)は北畠親房が南朝の正当性を主張するために記した書物です。南北朝時代の年表確認問題次の出来事を起きたのが古い順に並べなさい。(ア) 足利尊氏が征夷大将軍となる(イ) 後醍醐天皇が吉野に移る(ウ) 足利義満が室町に幕府を移す(エ) 建武の新政確認問題の答えと解説後醍醐天皇が吉野に移り南朝を起こした後に、 足利尊氏が北朝から征夷大将軍に任命されます。建武の新政は鎌倉幕府滅亡後に後醍醐天皇が行った政治で、南朝と北朝に分かれる前です。答え.(エ)→(イ)→(ア)→(ウ)南北朝時代の年表ポイントチェックポイントを隠す年出来事1333年鎌倉幕府がほろぶ1334年建武の新政1336年後醍醐天皇が吉野に移る1336年南北朝の対立1338年足利尊氏が征夷大将軍となる1368年元がほろび明がおこる1378年足利義満が室町に幕府を移す1392年南北朝の合一(足利義満による)隠されたポイントはクリックすると再表示されます。
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  • 中学歴史年表の一問一答チェック(鎌倉、南北朝、室町時代)
    鎌倉、南北朝、室町時代の年表一問一答鎌倉幕府の成立〜応仁の乱までの鎌倉時代、南北朝時代、室町時代に関する中学歴史年表の一問一答です。年表をチェックしてから、後半の問題に挑戦してみてください。中学歴史年表(鎌倉幕府〜応仁の乱)年代出来事関連ポイント1185年守護・地頭を置く御家人を守護や地頭に任命1192年源頼朝が征夷大将軍になる1206年チンギス・ハンがモンゴル統一1219年源実朝が暗殺される北条氏による執権政治が始まる1221年承久の乱鎌倉幕府と後鳥羽上皇の戦い1232年御成敗式目北条泰時が制定1271年フビライ・ハンが国号を元にする1274年文永の役元寇1回目1281年弘安の役元寇2回目1297年徳政令御家人が質入れした土地を返すもの1333年鎌倉幕府が滅びる後醍醐天皇、足利尊氏、新田義貞らによる1334年建武の新政後醍醐天皇による天皇中心の政治1338年足利尊氏が征夷大将軍になる1368年元がほろび、明がおこる1378年室町に幕府を移す足利義満が「花の御所」をつくる1392年南北朝合一足利義満によるもの1392年高麗がほろび、朝鮮がおこる1404年勘合貿易が始まる勘合を用いた日本と明の貿易1428年正長の土一揆1467年応仁の乱細川氏と山名氏の対立に始まる鎌倉、南北朝、室町時代の年表一問一答チェック次の出来事が起きた年を答えよ。問題解答問題1答え1問題2答え2問題3答え3問題4答え4問題5答え5赤い部分をクリックすると正解が表示されます。ちがう問題で確認ココをクリックすると問題が再作成されます何回も挑戦してみてください。年表一問一答チェックページ飛鳥、奈良、平安時代の一問一答飛鳥時代、奈良時代、平安時代に関する中学歴史の年表です。一問一答形式でのチェック問題も作成しているので、定期テスト前などにチェックしてみてください。589年:隋が中国を統一、593年:聖徳太子が摂政になる、603年:冠位十二階の制定、604年:十七条の憲法の制定。戦国時代の一問一答戦国時代と世界の動きに関する中学歴史年表の一問一答です。鉄砲伝来やキリスト教の伝来が戦国時代の歴史にも影響を与えています。年表での前後関係など、しっかり覚えておきましょう。コロンブスが西インド諸島に到達,種子島に鉄砲伝来,長篠の戦いなど。江戸時代の一問一答江戸時代に関する中学歴史年表の一問一答です。三大改革(享保の改革、寛政の改革、天保の改革)などの前後関係を覚えておきましょう。禁教令,武家諸法度,参勤交代が定められる,島原・天草の一揆,鎖国が完成,シャクシャインの戦い,正徳の治など。
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  • 中学歴史の定期テスト対策(南北朝時代と室町時代)
    南北朝時代と室町時代の中学定期テスト対策中学歴史「南北朝時代と室町時代」の重要ポイントです。中学歴史「南北朝時代と室町時代」のチェックポイント問題解答( )天皇は2度の倒幕を企てたが失敗して隠岐に流された後醍醐天皇( )が六波羅探題を攻め落とし、鎌倉幕府をほろぼした足利尊氏楠木正成などの武装した集団は( )と呼ばれた悪党後醍醐天皇は( )と呼ばれる天皇中心の政治を行った建武の新政南朝と北朝のうち京都の足利尊氏側の朝廷が( )となる北朝赤い部分をクリックすると正解が表示されます。問題を入れ替えて再チャレンジココをクリックすると問題が入れ替わります中学歴史「南北朝時代と室町時代」のチェックポイント一覧問題解答( )天皇は2度の倒幕を企てたが失敗して隠岐に流された後醍醐天皇( )が六波羅探題を攻め落とし、鎌倉幕府をほろぼした足利尊氏楠木正成などの武装した集団は( )と呼ばれた悪党後醍醐天皇は( )と呼ばれる天皇中心の政治を行った建武の新政南朝と北朝のうち京都の足利尊氏側の朝廷が( )となる北朝南朝と北朝のうち吉野の後醍醐天皇側の朝廷が( )となる南朝南北朝の動乱をえがいた軍記物語は?太平記北畠親房は南朝の正統性を主張するために( )を記した神皇正統記室町三代将軍の( )により南北朝は合一された足利義満が室町につくった邸宅を( )と呼ぶ花の御所室町幕府で将軍を補佐する役職を( )という管領足利義満は明に対し( )と名乗った日本国王日明貿易で用いられた証明書を( )と呼ぶ勘合日明貿易は用いられた証明書から( )貿易とも呼ばれた勘合(貿易)( )が金閣寺を建てた足利義満( )が銀閣寺を建てた足利義政1428年日本初の土一揆である( )が起きた正長の土一揆1467年から東軍と西軍に分かれて11年続いた戦いは?応仁の乱1429年に( )によって琉球が統一された尚巴志観阿弥・世阿弥により( )が完成された。能楽( )が水墨画を大成させた雪舟室町3代将軍の頃の文化を( )文化という北山(文化)室町8代将軍の頃の文化を( )文化という東山(文化)中学歴史「南北朝時代」「室町時代」の一問一答集中学定期テストレベルの一問一答(南北朝時代編)【問題】【解答】文永の役と弘安の役で日本への侵略を試みた国は?元2度の倒幕が失敗し、隠岐に流された天皇は?後醍醐天皇六波羅探題を攻め落とし、鎌倉幕府をほろぼした人物は?足利尊氏足利尊氏が後醍醐天皇に反旗を翻した戦いは何か?湊川の戦い後醍醐天皇が行った政治を何と呼ぶか?建武の新政(以下省略)高校入試レベルの問題も作成しています。中学歴史「南北朝時代」の一問一答チェック中学歴史で習う南北朝時代のポイントが一問一答形式でチェックできます。文永の役と弘安の役で日本への侵略を試みた国は?2度の倒幕が失敗し、隠岐に流された天皇は?六波羅探題を攻め落とし、鎌倉幕府をほろぼした人物は?など。中学定期テストレベルの一問一答(室町時代編)【問題】【解答】室町幕府を開いた人物は誰か。足利尊氏南北朝時代に京都に置かれた朝廷は南朝か北朝か。北朝南北朝の争乱を終結させた将軍は誰か。足利義満銀閣寺を建てた人物は?足利義政1467年から東軍と西軍に分かれて11年続いた戦いは?応仁の乱(以下省略)高校入試レベルの問題も作成しています。中学歴史「室町時代」の一問一答チェック中学歴史で習う室町時代のポイントが一問一答形式でチェックできます。足利義満が室町につくった邸宅を何と呼ぶか?室町幕府で将軍を補佐する役職は?銀閣寺を建てた人物は?水墨画を大成させた人物は?など。
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  • 【中学歴史】南北朝時代をわかりやすく解説!北朝と南朝の違い・建武の新政から統一まで
    鎌倉幕府が滅亡した後、日本に天皇が2人同時に存在し、約60年間も争い続けたのが「南北朝時代」です。定期テストで混乱しやすい北朝と南朝のちがいや、統一までの歴史の流れを整理しましょう。南北朝時代とは?中学生向けにわかりやすく3行で解説!いつからいつまで?(鎌倉幕府の滅亡から室町時代まで)1336年(建武の新政の崩壊)から1392年(南北朝の統一)までの約60年間続いた時代です。なぜ「北」と「南」に分かれたの?(後醍醐天皇 vs 足利尊氏)天皇中心の政治を取り戻そうとした後醍醐天皇(ごだいごてんのう)と、武士の代表として新しい幕府を開きたい足利尊氏(あしかがたかうじ)が激しく対立したためです。最終的にどっちが勝って終わったの?足利側(北朝)が勢力を拡大し、最終的には北朝が南朝を吸収する形で統一されました。なぜ起きた?南北朝時代が始まるまでの流れをカンタン整理鎌倉幕府の滅亡と、失敗に終わった「建武の新政」鎌倉幕府への不満が高まる中、後醍醐天皇は足利尊氏や新田義貞ら武士の力を借りて幕府を滅ぼしました。その後、後醍醐天皇は念願だった天皇中心の新しい政治「建武の新政(けんむのしんせい)」をスタートさせます。武士の不満爆発!足利尊氏の反乱と室町幕府の誕生しかし、建武の新政は貴族ばかりを優遇し、命がけで戦った武士たちに十分な褒美を与えませんでした。これに武士たちが大激怒します。武士の期待を一身に背負った足利尊氏は後醍醐天皇に反旗をひるがえし、京都に別の天皇(北朝)を立てて自ら征夷大将軍となり、室町幕府を開きました。京都(北朝)と吉野(南朝)の対立スタート足利尊氏に敗れて京都を追われた後醍醐天皇は、南の吉野(よしの・現在の奈良県)へ逃れ、「自分こそが本物の天皇だ」と主張して別の朝廷(南朝)を開きました。こうして、京都の北朝と吉野の南朝、日本に2つの朝廷が同時に存在する異常事態が始まりました。テストで点が取れる!南北朝時代の重要ポイントと覚え方どっちがどっち?北朝と南朝の確実な見分け方のコツテストで一番間違えやすい組み合わせは、以下のイメージで固定しましょう。北朝(京都)足利尊氏(武士のリーダー、室町幕府)南朝(吉野)後醍醐天皇(天皇中心の政治にこだわって南へ逃げた)暗記!「1392年(いざ国まとまる)」統一の年号と足利義満約60年続いた対立を終わらせたのは、室町幕府の第3代将軍・足利義満(あしかがよしみつ)です。統一された1392年は、「いざ国(1392)まとまる南北朝」という語呂合わせで、足利義満の名前とセットで必ず暗記してください。定期テスト・高校受験によく出る一問一答チェックQ1. 鎌倉幕府滅亡後、後醍醐天皇が始めた天皇中心の新しい政治を何というか。 クリックで正解・解説を表示 【正解】建武の新政 Q2. 建武の新政に反発し、京都に別の天皇を立てて室町幕府を開いた人物は誰か。 クリックで正解・解説を表示 【正解】足利尊氏 Q3. 京都を追われた後醍醐天皇が、南朝を開いた場所(現在の奈良県)はどこか。 クリックで正解・解説を表示 【正解】吉野 Q4. 1392年に南北朝を統一した、室町幕府の第3代将軍は誰か。 クリックで正解・解説を表示 【正解】足利義満 まとめ:南北朝時代の争いを終わらせた室町幕府の全盛期へ日本を二分した南北朝の争いを終わらせた足利義満は、京都の室町に「花の御所」と呼ばれる豪華な邸宅を構え、幕府の権力を絶対的なものにしました。さらに金閣を建て、中国の明と「勘合貿易(日明貿易)」を始めるなど、室町幕府はここから全盛期へと向かっていきます。南北朝時代の年表、重要人物、一問一答はコチラから南北朝時代の流れ「鎌倉幕府がほろぶ、建武の新政、南北朝の対立、足利尊氏が征夷大将軍となる、足利義満が室町に幕府を移す」など。鎌倉時代と室町時代に挟まれているの約60年間(1336年から1392年まで)が南北朝時代です。南北朝時代に活躍した人物一覧(中学歴史まとめ)中学歴史で習う「南北朝時代の重要人物」を一覧表と一問一答形式でわかりやすく解説!後醍醐天皇や足利尊氏、足利義満など、定期テストや高校受験で頻出の人物とポイントを網羅。2つの朝廷が対立した激動の時代の特徴をつかんで歴史の得点アップを目指そう!中学歴史「南北朝時代」の一問一答チェック中学歴史で習う南北朝時代のポイントが一問一答形式でチェックできます。文永の役と弘安の役で日本への侵略を試みた国は?2度の倒幕が失敗し、隠岐に流された天皇は?六波羅探題を攻め落とし、鎌倉幕府をほろぼした人物は?など。
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  • 中学歴史「南北朝時代」の一問一答チェック
    中学歴史「南北朝時代」の一問一答集中学定期テストレベルの一問一答(南北朝時代編)【問題】【解答】文永の役と弘安の役で日本への侵略を試みた国は?元2度の倒幕が失敗し、隠岐に流された天皇は?後醍醐天皇六波羅探題を攻め落とし、鎌倉幕府をほろぼした人物は?足利尊氏足利尊氏が後醍醐天皇に反旗を翻した戦いは何か?湊川の戦い後醍醐天皇が行った政治を何と呼ぶか?建武の新政京都の足利尊氏側の朝廷を何と呼ぶか?北朝吉野の後醍醐天皇側の朝廷を何と呼ぶか?南朝南朝があったのは現在のどこか?奈良県(吉野)北朝があったのは現在のどこか?京都府(京都)南北朝時代に農村でできた自治的な組織を何というか?惣(そう)南北朝の争いで特に活躍した有力な地方武士団を何と呼ぶか?国人(こくじん)南北朝時代の末期に起こった、農民が団結して起こした一揆を何というか?正長の土一揆(1428年)南北朝の動乱をえがいた軍記物語は?太平記北畠親房が南朝の正統性を主張するために記した書は?神皇正統記南北朝を合一した人物は?足利義満楠木正成などの武装した集団を何と呼んだか?悪党中学歴史の一問一答チェック(南北朝時代編)上に掲載した表からランダムに5問が出題されます。問題正解2度の倒幕が失敗し、隠岐に流された天皇は?後醍醐天皇南北朝の動乱をえがいた軍記物語は?太平記北畠親房が南朝の正統性を主張するために記した書は?神皇正統記南北朝を合一した人物は?足利義満楠木正成などの武装した集団を何と呼んだか?悪党赤い部分をクリックすると正解が表示されます。ちがう問題で確認ココをクリックすると問題が入れ替わります何回も挑戦してみてください。中学歴史「南北朝時代」のテスト対策南北朝時代に関する出題ポイント元寇では、フビライ・ハン率いる元に対し、日本は執権の北条時宗が中心となった。後醍醐天皇は天皇中心の政治を進めたが、武士の不満が高まった。太平記…南北朝の動乱をえがいた軍記物語、平家物語…鎌倉時代3代将軍義満のときに南北朝が合一した。悪党は後醍醐天皇の新政権樹立に貢献している。南北朝時代の重要用語一覧後醍醐天皇ごだいごてんのう鎌倉幕府を倒し、建武の新政を行った天皇。吉野に逃れ南朝を開く。建武の新政けんむのしんせい1334年、後醍醐天皇が行った天皇中心の政治改革。武士の不満を招く。足利尊氏あしかがたかうじ鎌倉幕府を倒した武士。建武の新政に反発し、室町幕府を開く。湊川の戦いみなとがわのたたかい1336年、足利尊氏が南朝の楠木正成を倒した戦い。楠木正成くすのきまさしげ南朝の忠臣。後醍醐天皇を助け、湊川の戦いで討死。南朝なんちょう後醍醐天皇が吉野(奈良)に開いた朝廷。北朝ほくちょう足利尊氏が京都に立てた別の天皇の朝廷。南北朝の動乱なんぼくちょうのどうらん南朝と北朝が対立した約60年間(1336?1392年)の戦乱。室町幕府むろまちばくふ足利尊氏が開いた幕府。京都の室町に本拠があった。征夷大将軍せいいたいしょうぐん足利尊氏が1338年に任命された武家の最高職。足利義満あしかがよしみつ室町幕府第3代将軍。南北朝を統一した。南北朝の統一なんぼくちょうのとういつ1392年、足利義満の調停により朝廷が一つに戻る。守護大名しゅごだいみょう守護として地方に力を持った武士。後に戦国大名へ。惣そう村人による自治組織。寄合で村のことを決める。寄合よりあい村の代表者が集まる会議。村のルールや争いを決定。国人こくじん地方の武士たち。惣を通じて一揆なども行う。一揆いっき武士や農民が団結して起こす反抗運動。後の戦国時代にも影響。南朝正統論なんちょうせいとうろん明治時代に南朝を正統とする立場がとられた。吉野よしの南朝の拠点。奈良県にある山間の地。京都きょうと北朝と室町幕府の中心地。天龍寺てんりゅうじ足利尊氏が建立した臨済宗の寺。南朝との和解のため創建。禅宗ぜんしゅう室町時代にさかえた仏教。武士に人気。臨済宗・曹洞宗が代表。曹洞宗そうとうしゅう禅宗の一派。道元が開く。地方で広まる。臨済宗りんざいしゅう禅宗の一派。栄西が開く。足利尊氏・義満に保護される。太平記たいへいき南北朝の動乱を描いた軍記物語。楠木正成らの忠義が語られる。勘合貿易かんごうぼうえき足利義満が明と行った貿易。正規の貿易船と私貿易船を区別。朝貢ちょうこう中国への貢ぎ物を通じた外交関係。勘合貿易もこれに基づく。正長の土一揆しょうちょうのつちいっき1428年、農民が借金帳消しを求めて起こした一揆。応仁の乱おうにんのらん南北朝統一後、幕府の力が弱まり全国の戦乱が始まるきっかけ(1467年)。戦国時代せんごくじだい南北朝時代後の戦乱期。守護大名や国人が勢力争いを繰り広げる。
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  • 南北朝時代に活躍した人物一覧(中学歴史まとめ)
    中学歴史に出てくる南北朝時代の重要人物一覧中学歴史で習う南北朝時代(1336年〜1392年)に活躍した重要人物を一覧表形式でまとめました。鎌倉幕府を倒した立役者たちが、今度は「天皇中心」か「武士中心」かで真っ二つに分かれて戦った激動の時代です。後醍醐天皇ごだいごてんのう鎌倉幕府を倒して「建武の新政」を始めるが武士の不満を招き、のちに吉野(奈良県)へ逃れて南朝を開いた。足利尊氏あしかがたかうじ後醍醐天皇に背いて京都に別の天皇(北朝)を立て、征夷大将軍となって室町幕府を開いた。楠木正成くすのきまさしげ「悪党」と呼ばれた武士。後醍醐天皇に最後まで忠誠を誓い、湊川の戦い(兵庫県)で足利尊氏に敗れて戦死した。新田義貞にったよしさだ鎌倉幕府を滅ぼした武将。後醍醐天皇側(南朝)につき、足利尊氏と激しく戦ったが敗死した。足利直義あしかがただよし足利尊氏の弟。兄を補佐して幕府の政治を取り仕切ったが、のちに尊氏の側近(高師直)と対立し「観応の擾乱(かんのうのじょうらん)」という内乱を引き起こした。北畠親房きたばたけちかふさ南朝側の公家(貴族)。南朝の正当性を主張する歴史書『神皇正統記(じんのうしょうとうき)』を書いた。足利義満あしかがよしみつ室町幕府の第3代将軍。約60年続いた南北朝の対立を終わらせ(南北朝の合一)、幕府の全盛期を築いた。観阿弥かんあみ足利義満の保護を受け、それまで庶民の娯楽だった田楽や猿楽を芸術性の高い「能(能楽)」に高めた人物。世阿弥ぜあみ観阿弥の子。父とともに能を大成させ、能の理論書である『風姿花伝(ふうしかでん)』を書いた。二条良基にじょうよしもと北朝の貴族。上の句と下の句を次々と詠みつないでいく「連歌(れんが)」のルールをまとめ、『菟玖波集(つくばしゅう)』を編纂した。南北朝時代とは、どんな時代だったか鎌倉幕府が滅亡したあと、後醍醐天皇は天皇中心の政治(建武の新政)を行いましたが、貴族を重んじて武士を冷遇したため、わずか2年余りで失敗してしまいます。これに反発した足利尊氏が京都に新しい天皇を立てて室町幕府を開く(北朝)と、後醍醐天皇は奈良の吉野に逃れて「自分こそが正統な天皇だ」と主張しました(南朝)。日本に「2人の天皇」と「2つの朝廷」が同時に存在し、全国の武士が北朝方と南朝方に分かれて約60年間も争い続けた時代、それが南北朝時代です。南北朝時代に活躍した人物の特徴この時代は、「昨日の味方は今日の敵」というように、武士たちが自分の領地や利益を守るために北朝と南朝の間を頻繁に寝返ったのが特徴です。身分が低くても実力で上の者を倒す「下剋上(げこくじょう)」の風潮もこの頃から芽生え始めました。一方で、混乱の時代だからこそ、武士の力強さと貴族の伝統的な文化が混ざり合い、「能」や「連歌」といった現在まで続く日本独自の伝統芸能の基礎が作られた時代でもあります。南北朝時代の人物を一問一答でチェック次の説明にあてはまる人物を答えよ。上に掲載した表からランダムに5問が出題されます。説明解答鎌倉幕府を倒して「建武の新政」を始めるが武士の不満を招き、のちに吉野(奈良県)へ逃れて南朝を開いた。後醍醐天皇後醍醐天皇に背いて京都に別の天皇(北朝)を立て、征夷大将軍となって室町幕府を開いた。足利尊氏「悪党」と呼ばれた武士。後醍醐天皇に最後まで忠誠を誓い、湊川の戦い(兵庫県)で足利尊氏に敗れて戦死した。楠木正成鎌倉幕府を滅ぼした武将。後醍醐天皇側(南朝)につき、足利尊氏と激しく戦ったが敗死した。新田義貞足利尊氏の弟。兄を補佐して幕府の政治を取り仕切ったが、のちに尊氏の側近(高師直)と対立し「観応の擾乱(かんのうのじょうらん)」という内乱を引き起こした。足利直義赤い部分をクリックすると正解が表示されます。ちがう問題で確認ココをクリックすると問題が入れ替わります何回も挑戦してみてください。南北朝時代に活躍した人物時代を動かした執念の天皇「後醍醐天皇」後醍醐天皇は、「天皇がすべての権力を握る昔の政治に戻す」という強い信念を持った人物です。一度は鎌倉幕府に捕らえられて隠岐(島根県)に流されますが、自力で脱出して幕府を倒すという凄まじい執念を見せました。しかし、念願だった「建武の新政」では、命がけで戦った武士たちへの恩賞(ごほうび)をケチり、貴族ばかりを優遇したため武士たちの心が離れてしまいました。その後、吉野に追いやられても決して北朝を認めず、南朝の天皇として波乱の生涯を閉じました。悩める武家の棟梁「足利尊氏」足利尊氏は、もともと鎌倉幕府の有力な御家人でしたが、幕府を裏切って後醍醐天皇に味方し、六波羅探題を攻め落とした幕府滅亡の最大の功労者です。しかし、後醍醐天皇の政治に不満を持つ全国の武士たちから「私たちのリーダーになってほしい」と担ぎ上げられ、悩んだ末に天皇に背く決断をします。戦いには強い一方で、とても情に厚く、敵対して死んでいった後醍醐天皇の霊を慰めるために「天龍寺」というお寺を建てるなど、優しく複雑な性格を持った人物でした。60年の動乱を終わらせた最強の将軍「足利義満」室町幕府の第3代将軍である足利義満は、祖父の尊氏から始まった「南北朝の争い」に終止符を打った(南北朝の合一)ことで有名です。南朝の天皇から北朝の天皇へ「三種の神器」を譲り渡す形をとることで、1392年に見事な平和的解決を実現しました。さらに、有力な守護大名の力を次々と削いで幕府の権力を絶対的なものにし、京都の室町に「花の御所」を建てて政治を行いました。中国(明)との日明貿易(勘合貿易)を始めたり、金閣(鹿苑寺)を建てたりと、政治・経済・文化のすべてにおいて室町幕府の全盛期を築き上げた最強の将軍です。足利義満って何した人?足利義満に関する中学の歴史で習うポイントを年表形式でまとめています。室町幕府の第3代将軍が足利義満です。足利将軍の中では初代の尊氏、8代の義政と並んで教科書で取り上げられることが多い人物ですのでポイントを整理して覚えておきましょう。関連記事)南北朝時代の年表、文化、一問一答南北朝時代の流れ「鎌倉幕府がほろぶ、建武の新政、南北朝の対立、足利尊氏が征夷大将軍となる、足利義満が室町に幕府を移す」など。鎌倉時代と室町時代に挟まれているの約60年間(1336年から1392年まで)が南北朝時代です。中学歴史「南北朝時代」の一問一答チェック中学歴史で習う南北朝時代のポイントが一問一答形式でチェックできます。文永の役と弘安の役で日本への侵略を試みた国は?2度の倒幕が失敗し、隠岐に流された天皇は?六波羅探題を攻め落とし、鎌倉幕府をほろぼした人物は?など。
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