中学歴史「空海と最澄」のポイント

中学歴史「空海と最澄」のポイント

中学歴史で出てくる空海最澄のポイントをまとめました。

 

どっちが真言宗?どっちが延暦寺?と混乱しがちですよね。
しっかり覚えておけば得点源にすることができます。

 

空海も最澄も日本人です

空海や最澄というのは法名と呼ばれる呼び名で、二人とも日本生まれの日本人です(唐に渡って勉強している)。唐で生まれ、日本に仏教を広めたのは鑑真です。

 

新しい仏教を広めたのが空海と最澄

空海や最澄が活躍した時代背景を先に説明します。

 

奈良時代の後半に仏教が政治に入り込んだことで政治が混乱しました(道教の政治など)。
そこで、桓武天皇が仏教勢力から政治を切り離すために遷都を行ました。

 

また、旧仏教勢力に対抗する意味から、桓武天皇が空海らの新しい仏教を支持し、世間にも広がっていくことになりました。

 

空海と最澄のポイント

ここはテスト対策として覚えておきましょう。

空海最澄
空海最澄
774年〜835年766/767年〜822年
真言宗天台宗
高野山比叡山
金剛峯寺延暦寺
弘法大師伝教大師

 

弘法も筆の誤り

「弘法も筆の誤り」とは、その道の達人でも失敗することがあるという例え(表現)です。この「弘法」とは弘法大師とよばれた空海のことです。空海は三筆(すぐれた3人の書道家)のひとり(空海のほか嵯峨天皇、橘逸勢)であることから、この表現が生まれました。

 

空海と最澄の関連年表

項目名ここに説明文を入力
743年墾田永年私財法
752年東大寺の大仏が完成
764年藤原仲麻呂の乱
765年道教が太政大臣になる
766年【最澄】生誕
774年【空海】生誕
781年桓武天皇が即位
784年長岡京遷都
794年平安京遷都
797年坂上田村麻呂が征夷大将軍に任命される
〜8世紀後半万葉集ができる
802年坂上田村麻呂が胆沢城を築く
804年空海と最澄が唐にわたる
806年最澄が天台宗を開く
806年空海が真言宗を開く
858年藤原良房が摂政となる

空海と最澄は同じ時期に唐(中国)に渡り、仏教を学んできています。当時、唐への航海は危険がつきもので、同じ時期に唐に向かった4隻の船のうち、2隻は唐にたどり着けませんでした。

 

唐にたどり着いた2隻のそれぞれに乗っていたのが空海と最澄でした。

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