平安時代の年表とポイント桓武天皇が都を京都の平安京に移してからが平安時代です。朝廷が東北地方にまで勢力を伸ばしたのちに、摂関政治が全盛となっていくのが平安時代前半の特徴です。中学歴史年表(平安時代前半)801年坂上田村麻呂が蝦夷を攻撃866年藤原良房が摂政となる887年藤原基経が関白となる905年古今和歌集894年遣唐使の廃止907年唐がほろぶ935年平将門の乱936年高麗が朝鮮統一939年藤原純友の乱960年宋がおこる1016年藤原道長が摂政となる平安時代(前半)の定期テストでのポイント摂関政治というのは、天皇が幼いときは摂政、成人してからは関白となって政治の実権をふるうことです。これを行ったのが藤原氏で、自分の娘を天皇の后とすることで摂政、関白となりました。また、この頃から地方の反乱(平将門の乱、藤原純友の乱)の中で武士が徐々に力をつけ、政治の中心に進出してくるようになりました。中学歴史年表(平安時代後半)平安時代後半になると摂関政治から天皇中心の政治へ戻そうという動きが出てきます。天皇が上皇、法王となって実権を握る院政の始まりです。ただし、院政の実権を巡る争いも発生(保元の乱、平治の乱)し、ここで力をつけた平氏、源氏の時代になっていきます。1051年前九年の役1052年藤原頼道が平等院鳳凰堂を建てる1069年後三条天皇の荘園整理1083年後三年の役1086年院政が始まる1105年奥州藤原氏が中尊寺を建てる1156年保元の乱1159年平治の乱1167年平清盛が太政大臣となる1167年日宋貿易を始める1180年源平の内乱1185年源頼朝が守護・地頭をおく1185年壇ノ浦の戦い平安時代(後半)の定期テストでのポイントこの時代には2つセットで覚えておきたい戦いがあります。東北地方で起きた反乱で源氏が東国での地位を固めることとなったものが「前九年の役」と「後三年の役」。院政の実権を巡る争いが「保元の乱」と「平治の乱」です。保元の乱…上皇と天皇が対立平治の乱…平氏と源氏が対立保元の乱と平治の乱は結果として武士の存在感を高めることとなり、平氏、源氏が政治の中心となる時代に移りました。平安時代の年表確認問題(1)次の出来事を起きたのが古い順に並べなさい。(ア) 平将門の乱(イ) 藤原純友の乱(ウ) 遣唐使の廃止(エ) 坂上田村麻呂が蝦夷を攻撃平安時代の年表確認問題(2)次の出来事を起きたのが古い順に並べなさい。(ア) 平治の乱(イ) 後三年の役(ウ) 源頼朝が守護・地頭をおく(エ) 平清盛が太政大臣となる年表確認問題(1)の答えと解説時代順に並べると唐が滅んだあとに東で平将門の乱、西で藤原純友の乱がおこっています。答え.(エ)→(ウ)→(ア)→(イ)年表確認問題(2)の答えと解説平治の乱で勝利した平清盛が武士として初めて太政大臣となりました。答え.(イ)→(ア)→(エ)→(ウ)平安時代の年表ポイントチェックポイントを隠す年出来事801年坂上田村麻呂が蝦夷を攻撃866年藤原良房が摂政となる887年藤原基経が関白となる905年古今和歌集894年遣唐使の廃止907年唐がほろぶ935年平将門の乱936年高麗が朝鮮統一939年藤原純友の乱960年宋がおこる1016年藤原道長が摂政となる1051年前九年の役1052年藤原頼道が平等院鳳凰堂を建てる1069年後三条天皇の荘園整理1083年後三年の役1086年院政が始まる1105年奥州藤原氏が中尊寺を建てる1156年保元の乱1159年平治の乱1167年平清盛が太政大臣となる1167年日宋貿易を始める1180年源平の内乱1185年源頼朝が守護・地頭をおく1185年壇ノ浦の戦い隠されたポイントはクリックすると再表示されます。







