中学歴史をまとめて学ぶ(年表からネット問題集まで)

検索結果

「 中学歴史文化 」の検索結果
  • 元禄文化、化政文化に関する人物問題集(中学歴史レベル)
    井原西鶴、松尾芭蕉、葛飾北斎は元禄文化or化政文化次の人物は元禄文化と化政文化のどちらにあてはまるか答えよ。中学歴史の問題集(元禄文化or化政文化)人物正解井原西鶴元禄文化松尾芭蕉元禄文化近松門左衛門元禄文化十返舎一九化政文化式亭三馬化政文化赤い部分をクリックすると正解が表示されます。ちがう問題で確認ココをクリックすると問題が再作成されます何回も挑戦してみてください。元禄文化の主要人物、作品一覧徳川5代将軍綱吉の時代から8代将軍吉宗の頃に栄えた文化が元禄文化です。大阪や京都などの上方が中心の町人文化となっていることが特徴です。ジャンル人物主な作品浮世草子井原西鶴日本永大蔵、世間胸算用、好色一代男俳諧松尾芭蕉奥の細道人形浄瑠璃近松門左衛門国性爺合戦、曽根崎心中障壁画狩野探幽装飾画俵屋宗達風神雷神図屏風装飾画尾形光琳紅白梅図屏風浮世絵菱川師宣見返り美人図歌舞伎役者坂田藤十郎歌舞伎役者市川團十郎化政文化の主要人物、作品一覧江戸時代の後期(19世紀初め)に栄えた江戸が中心となった町人文化が化政文化です。ジャンル人物主な作品滑稽本十返舎一九東海道中膝栗毛滑稽本式亭三馬浮世風呂読本滝沢馬琴南総里見八犬伝俳諧与謝蕪村俳諧小林一茶錦絵鈴木春信美人画喜多川歌麿役者絵東洲斎写楽風景画葛飾北斎富嶽三十六景風景画歌川広重東海道五十三次
    Read More
  • 中学歴史「文化史年表」のネット問題集
    文化史に関した年表問題中学歴史で出てくる文化史に関した年表問題を作成しました。それぞれの作品が年表の中では、どのあたりに位置するのかを確かめる問題です。中学歴史の年表問題(文化史)【問題】次の作品は上の年表の(A)〜(E)のどの時代に成立したものか?作品名解答(時代)土佐日記(A)徒然草(B)西洋紀聞(C)学問のすすめ(D)坊ちゃん(E)選択肢時代(始〜終)(A)冠位十二階の制定〜平清盛が太政大臣となる(B)平清盛が太政大臣となる〜徳川家康が征夷大将軍となる(C)徳川家康が征夷大将軍となる〜大政奉還・王政復古の大号令(D)大政奉還・王政復古の大号令〜日露戦争(E)日露戦争〜ポツダム宣言の受諾ちがう問題で確認ココをクリックすると問題が再作成されます何回も挑戦してみてください。対象としている作品一覧作品名作者成立年(年表での位置)土佐日記紀貫之934年(A)枕草子清少納言1002年(A)源氏物語紫式部1008年(A)方丈記鴨長明1212年(B)金槐和歌集源実朝1213年(B)愚管抄慈円1220年(B)徒然草吉田兼好1330年(B)神皇正統記北畠親房1341年(B)日本永代蔵井原西鶴1688年(C)農業全書宮崎安貞1697年(C)奥の細道松尾芭蕉1702年(C)国性爺合戦近松門左衛門1715年(C)西洋紀聞新井白石1715年(C)海国兵談林子平1787年(C)古事記伝本居宣長1790年(C)群書類従塙保己一1793年(C)東海道中膝栗毛十返舎一九1802年(C)浮世風呂式亭三馬1813年(C)南総里見八犬伝滝沢馬琴1814年(C)蘭学事始杉田玄白1815年(C)大日本沿海輿地全図伊能忠敬1821年(C)富嶽三十六景葛飾北斎1831年(C)東海道五十三次歌川広重1833年(C)戊戌夢物語高野長英1838年(C)おらが春小林一茶1852年(C)学問のすすめ福沢諭吉1871年(D)民権自由論植木枝盛1879年(D)小説神髄坪内逍遥1885年(D)浮雲二葉亭四迷1887年(D)舞姫森鴎外1890年(D)老猿高村光雲1893年(D)たけくらべ樋口一葉1896年(D)金色夜叉尾崎紅葉1897年(D)無我横山大観1897年(D)湖畔黒田清輝1897年(D)みだれ髪与謝野晶子1901年(D)吾輩は猫である夏目漱石1905年(E)坊ちゃん夏目漱石1906年(E)一握の砂石川啄木1910年(E)或る女有島武郎1911年(E)羅生門芥川龍之介1915年(E)友情武者小路実篤1919年(E)暗夜行路志賀直哉1921年(E)蟹工船小林多喜二1929年(E)路傍の石山本有三1937年(E)
    Read More
  • 中学歴史出てくる宗教関連のキーワード一覧(崇仏論争、鎮護国家など)
    時代別にみた中学歴史に出てくる主な宗教中学歴史に出て来る宗教を時代別に関連キーワードと一覧にしました。古代の宗教神道日本古来の宗教。神社などで祭祀が行われる自然崇拝、八百万の神仏教6世紀に大陸から伝来法隆寺、飛鳥寺崇仏論争(すうぶつろんそう)仏教伝来時の推進派と反対派の論争。推進派は蘇我氏、反対派は物部氏。反対派は日本古来の神の怒りを招くと主張。奈良時代の宗教仏教大仏や東大寺などが建立され、仏教文化が発展聖武天皇、鎮護国家鎮護国家(ちんごこっか)仏教の力によって国を守ろう・安定させようという考え方。聖武天皇が採用。平安時代の宗教天台宗(仏教)最澄(さいちょう)が広める比叡山延暦寺、伝教大師真言宗(仏教)空海(くうかい)が広める高野山金剛峯寺、弘法大使密教(みっきょう)最澄や空海が中国から持ち込んだ新しい仏教で、山寺などでの修行を重んじ、祈りやまじないを伴うもの。鎌倉時代の宗教武士が登場したことで戦乱の続く世の中になり、その中から鎌倉仏教と呼ばれる新しい仏教が生まれるのがこの時代です。浄土宗 (じょうどしゅう)法然(ほうねん)が広める南無阿弥陀仏と唱える浄土真宗(じょうどしんしゅう)親鸞(しんらん)が広める一向宗とも呼ばれる。悪人も救われる法華宗(ほっけしゅう)日蓮(にちれん)が広める日蓮宗とも呼ばれる。南無妙法蓮華経と唱える時宗(じしゅう)一遍(いっぺん)が広める念仏踊り臨済宗 (りんざいしゅう)栄西(えいさい)が広める禅宗のひとつ曹洞宗 (そうとうしゅう)道元(どうげん)が広める禅宗のひとつ鎌倉仏教=新しい仏教、では古い仏教は?鎌倉仏教は新しい仏教とされていますが、鎌倉仏教より前の仏教(古い仏教)には南都六宗と呼ばれる奈良時代からある仏教と平安二宗と呼ばれる平安時代に発展した仏教があります。室町時代、戦国時代の宗教鎌倉時代の新しい仏教が広まるとともに、キリスト教が入ってきたのがこの時代です。禅宗幕府の保護を受け広まる五山の制度キリスト教ザビエルが来日し広めるキリシタン大名(大友宗麟、大村純忠、小西行長ら)バテレン追放令(キリスト教の禁止)豊臣秀吉は天下統一の妨げになると考え1587年にキリスト教の信仰を禁止するバテレン追放令を出しました。江戸時代の宗教キリスト教を禁止した江戸幕府は、秩序・体制を維持するために儒教を利用しました。儒教古代の中国で孔子が広めた教え朱子学寛政異学の禁(かんせいいがくのきん)寛政の改革で松平定信が出した朱子学以外の学問を禁止する命令。明治・大正時代の宗教江戸時代に禁止されていたキリスト教は解禁され、政府は神道を保護することとなりました。神道仏教伝来前からある日本古来の教え神仏分離令、廃仏毀釈廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)神道を国教化しようとする動きの中で出てきた仏教を廃止する運動。中学歴史で習う主な宗教一覧表発祥地主な教え中学歴史でのポイント仏教インド苦しみをなくすために修行することを説く。日本には飛鳥時代に仏教が伝来し、政治とも結びつきました。キリスト教パレスチナ神への信仰と隣人愛を重視する教え。戦国時代に日本にキリスト教を伝えたのがフランシスコ・ザビエル。神道日本自然や神々に対する崇拝を基本とする。日本最古の宗教で、第二次世界大戦中などは政治とも強く結びついていた。儒教中国人としての正しい行動や道徳を重視する教え。儒教は江戸時代に武士の道徳として採用されていた。イスラム教アラビア半島神(アッラー)の教えに従い、平等を説く。仏教の広がりと日本での変化仏教の誕生と広がり仏教は、紀元前5世紀ごろインドで釈迦(シャカ)によって始まりました。釈迦は、人生の苦しみから解放されるために「悟り」を開き、それを人々に教えました。この教えが、徐々にインドからアジア各地に広まり、日本にも6世紀に伝わりました。日本への伝来と影響仏教が日本に伝わったのは、飛鳥時代(6世紀)のことです。百済(現在の韓国)から仏像や経典がもたらされ、蘇我氏と物部氏という2つの豪族が仏教の導入を巡って対立します。蘇我氏が勝利し、仏教は次第に日本で広まっていきました。その後、奈良時代に入ると聖武天皇が国を守るために「大仏を作れ!」と命じました。これが有名な東大寺の大仏です。仏教はこのように政治とも強く結びつき、鎌倉時代には武士の間でも支持されるようになりました。この時代には、禅宗という新しい仏教の教えが広まり、「座禅」を通じて心を静め、武士たちの精神的な支えとなりました。キリスト教と日本キリスト教の誕生キリスト教は、紀元1世紀にパレスチナでイエス・キリストによって始まりました。彼の教えは「神を信じ、すべての人を愛しなさい」というもので、後に「新約聖書」にまとめられました。キリスト教はその後、ローマ帝国を通じて広まり、現在では世界中に信者がいます。日本への布教キリスト教が日本に伝わったのは、戦国時代のことです。1549年、スペイン人宣教師フランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸し、日本で初めてキリスト教を広めようとしました。彼は「神を信じることで救われる」と説き、一部の武将や領主がこれを受け入れました。しかし、江戸時代に入ると、キリスト教は弾圧されます。キリシタン(キリスト教徒)が増えると、幕府は「外からの宗教は危険だ」と感じ、厳しい取り締まりを行いました。そのため、キリスト教徒たちは地下に潜って信仰を守り続けました。これが「隠れキリシタン」として知られています。神道と日本文化神道とは?神道は日本固有の宗教で、自然や神々を崇拝する信仰です。太陽や山、川など自然現象を神として祀り、日本の歴史や文化に深く根付いています。神道には教典や教祖が存在しないため、非常に柔軟で、他の宗教とも共存しやすい特徴があります。政治との関係神道は、天皇が神の子孫であるとされる信仰とも結びついています。古代から現代に至るまで、神道は日本の国家形成に大きな影響を与えてきました。特に、明治時代には「国家神道」として、天皇を中心とした国づくりの思想が強調されました。儒教と日本の教育儒教の誕生儒教は、紀元前6世紀ごろ中国の孔子(こうし)によって生まれた思想です。人としての正しい行動や道徳を重視し、親や目上の人を尊敬し、秩序ある社会を築くことを目的としています。江戸時代の儒教江戸時代に入ると、儒教は武士の道徳として取り入れられました。「忠義」「孝行」といった儒教の教えは、武士が守るべき重要な価値観とされ、これが日本の教育制度にも影響を与えました。この時代には、学問が非常に重要視され、武士たちは儒教の教えを基に政治や社会の在り方を学んでいました。江戸時代には、子どもたちも儒教に基づいた道徳教育を受け、「親を敬え」と教わったのです。現代の学校の道徳の授業にも、儒教の影響が残っているかもしれませんね。
    Read More
  • 飛鳥文化
    飛鳥文化の特徴とまとめ(中学歴史)
    飛鳥文化は「わが国最初の仏教文化」中学歴史で習う飛鳥文化について定期テストで出題されそうなポイントをまとめています。飛鳥文化の特徴「わが国最初の仏教文化」とは飛鳥文化は、蘇我氏や聖徳太子が活躍していた7世紀ごろの飛鳥時代の文化です。仏教を中心とした文化で、中国大陸や朝鮮半島からの影響がみられます。寺院などの建築物や仏像の制作は渡来人が中心となって行い、ギリシャ文化ともつながる特徴も見られます。テストでは「わが国最初の仏教文化」というフレーズが頻出です。飛鳥文化の時代背景推古天皇が即位した593年から平城京へ遷都した710年までが飛鳥時代で、この時代に栄えたのが飛鳥文化です。593年推古天皇が即位、厩戸王(聖徳太子)が摂政になる603年冠位十二階を制定604年十七条憲法を制定607年小野妹子らが遣隋使として中国に渡る618年隋が滅び、唐がおこる(中国)645年乙巳の変、大化の改新が始まる663年白村江の戦い672年壬申の乱694年藤原京に遷都701年大宝律令が完成飛鳥文化のワンポイントまとめ仏教中心中国大陸、朝鮮半島からの影響ギリシャ文化とも共通点あり日本の歴史で最初に出てくるのが飛鳥文化です。当時は朝鮮半島や中国大陸からの影響を大きく受けていたので、飛鳥文化にもその特徴がみられます。飛鳥文化の代表的作品作品(建造物)特徴飛鳥寺(あすかでら)蘇我氏が建立。法隆寺(ほうりゅうじ)現存する世界最古の木造建築物。聖徳太子が建立。釈迦三尊像(しゃかさんぞんぞう)法隆寺金堂にあるもの。鞍作鳥(くらつくりのとり)が作成。百済観音像(くだらかんのんぞう)法隆寺にある仏像。玉虫厨子(たまむしのずし)法隆寺にある仏教工芸品。高松塚古墳壁画(たかまつづかこふんへきが)鮮やかな色の壁画。飛鳥文化の建築物で覚えておきたいのは法隆寺です。国宝として指定されているだけでなく、日本で最初に世界文化遺産に登録されたものの一つでもあります。この法隆寺にある釈迦三尊像、百済観音像、玉虫厨子は飛鳥文化の代表物として定番です。また、法隆寺は別名で斑鳩寺(いかるがでら)と呼ばれることも覚えておきましょう。対話形式で学ぶ飛鳥文化先生、「飛鳥文化」っていうのがどんな文化だったのか、詳しく知りたいんです。飛鳥文化は、だいたい6世紀末から7世紀中頃にかけて、今の奈良県の飛鳥地方を中心に花開いた文化のことだよ。一言で言うと、「仏教が日本に伝わって、国際的な影響を受けて生まれた、日本で最初の本格的な仏教文化」だと言えるね。日本で最初の仏教文化、ですか!そうなんだ。飛鳥文化の最も大きな特徴は、なんといっても「仏教の伝来とその受容」なんだ。仏教は、538年(または552年)に朝鮮半島の百済から伝わったとされているけれど、この飛鳥時代に、聖徳太子(厩戸皇子)が中心となって、国を挙げて本格的に仏教を受け入れたんだ。聖徳太子!名前は知ってます! 仏教を広めた人なんですね。その通り! 聖徳太子は仏教の教えを政治にも取り入れようと考え、熱心に信仰したんだ。彼が中心となって、日本で初めて本格的な寺院が建てられ始めたのも、この飛鳥文化の時代なんだよ。お寺がたくさん建てられたんですか?うん。例えば、世界最古の木造建築として有名な法隆寺や大阪にある四天王寺などが、この飛鳥文化を代表するお寺だ。これらの寺院は、仏教の教えを広めるための中心となり、その建築様式や、中に安置されている仏像が、飛鳥文化の大きな見どころなんだ。法隆寺って、そんなに古いお寺なんですね!そうだよ。法隆寺の金堂や五重塔は、当時の建築技術の粋を集めたものだ。そして、そこに安置されている仏像、例えば釈迦三尊像(しゃかさんぞんぞう)や百済観音像(くだらかんのんぞう)といった仏像も、飛鳥文化を代表する美術品だね。これらの仏像は、どこか素朴で、でも力強い表情をしているのが特徴だよ。素朴で力強い…見てみたいです!いつか機会があれば、ぜひ実物を見てほしいね。そして、もう一つの大きな特徴は、「中国や朝鮮半島の文化を積極的に取り入れた」という点だ。当時の日本は、中国の隋という国や、朝鮮半島の百済などから、進んだ技術や文化を学ぶために、遣隋使という使節を派遣したんだ。小野妹子(おののいもこ)も遣隋使でしたっけ?その通り、よく知っているね! 小野妹子のような人々が中国へ渡り、仏教の教えはもちろん、建築技術、彫刻の技術、絵画の様式、さらには政治制度や文字など、様々なものを日本に持ち帰ったんだ。じゃあ、飛鳥文化って、中国とか朝鮮半島の文化の影響をたくさん受けているんですか?そうだよ。法隆寺の建築様式や、仏像の表現にも、当時の中国や朝鮮半島の文化の影響が強く見られるんだ。そうやって、日本の文化が初めて国際的な刺激を受け、新しい形を作り始めたのが飛鳥文化なんだ。なるほど! 飛鳥文化は、仏教が初めて日本に入ってきて、聖徳太子が広めてお寺が建てられたり、中国や朝鮮半島から色々なものが伝わって、日本の文化が大きく変わっていった時代なんですね!素晴らしいまとめだね! その理解でバッチリだよ。飛鳥文化は、その後の日本の文化の基礎を築いた、とても重要な時代なんだ。
    Read More
  • 天平文化
    天平文化の特徴とまとめ(中学歴史)
    天平文化は「国際色豊かな仏教文化」中学歴史で習う天平文化について定期テストで出題されそうなポイントをまとめています。天平文化の特徴「国際色豊かな仏教文化」天平文化は、奈良時代の文化で聖武天皇の頃(8世紀初め)に最も栄えたので、このときの年号から天平文化と呼ばれています。7世紀の飛鳥文化と同様に仏教を中心とした文化で、中国大陸だけでなく西アジアや南アジアの影響もうけた国際色豊かな文化となっています。奈良時代に数回にわたり派遣された遣唐使が持ち帰ったものが天平文化に影響を与えたことが特徴です。遣唐使を廃止したことで日本独自の発展を遂げることになったのが天平文化の後の国風文化の特徴となります。天平文化の時代背景天平文化とは、奈良時代の天平年間(729年から749年)に栄えた文化です。この時代の出来事を確認しておきましょう。710年平城京遷都712年古事記713年風土記720年日本書紀723年三世一身の法729年長屋王の変741年国分寺建立の詔743年大仏造立の詔743年墾田永年私財法794年平安京遷都天平文化のワンポイントまとめ仏教中心国際色豊か遣唐使の影響国分寺、東大寺大仏による政治の安定古事記、日本書紀など国の由来に関するもの仏教中心という特徴は天平文化の前の飛鳥文化と共通する特徴ですが、遣唐使などの影響で国際色が豊かになったのが飛鳥文化との違いです。天平文化は日本という国が出来上がるときの文化ともいえます。聖武天皇は各地に国分寺・国分尼寺を建て、奈良には東大寺の大仏を建立することで政治の安定を目指しました。当時は大地震や天然痘の流行などで社会不安が広がっていたため、聖武天皇は仏教の力で国を護ってもらおうと国分寺・国分尼寺や東大寺の大仏を建立しました。また、日本という国の由来をあきらかにするために「古事記」と「日本書紀」の歴史書がつくられたのもこの時代です。ちなみに、古事記と日本書紀では「キ」の字が異なります。古事「記」と日本書「紀」です。記述が多い定期テストでは間違えないようにしましょう。天平文化の作品(代表的建造物、書物など)作品(建造物)特徴東大寺大仏聖武天皇が建立。正倉院東大寺の倉庫で聖武天皇が使用していたものなどが収められている。古事記歴史書。神話、伝承なども含まれる。日本書紀歴史書。中国の歴史書の体裁で書かれている。風土記各地の産物や自然、伝承などを記したもの。万葉集約4500首の和歌。天皇から庶民の歌までが収められている。貧窮問答歌山上憶良によるもの。庶民の苦しい暮らしを詠んだもの。正倉院には遣唐使が中国から持ち帰ったとされる当時の品々が残されています。古事記は712年に完成した日本最古の歴史書で神話の時代から推古天皇の時代までが記されています。江戸時代に、この古事記を研究したのが本居宣長で、「古事記伝」を記し、国学を完成しました。(こちらも定期テストでよく出るので覚えておきましょう。)天平文化の特徴を前後の文化と比較飛鳥文化、天平文化は中国など大陸からの影響を受けているのに対し、国風文化になると日本独自の発展をしたことが特徴となっています。時代特徴飛鳥文化7世紀頃(厩戸皇子・聖徳太子の時代)わが国最初の仏教文化天平文化8世紀はじめ奈良時代(聖武天皇の時代)国際色豊かな仏教文化国風文化9世紀の終わり平安時代ひらがな・カタカナなど日本独自の発展天平文化に関する確認問題(中学歴史レベル)【問題】【解答】天平文化は( )中心の仏教文化貴族( )天皇の時代を中心に栄えたのが天平文化聖武全国各地で仏教を広めるとともに橋や道路をつくった人物は?行基失明しながらも来日した唐の僧は?鑑真東大寺の正倉院は( )造の代表的な建築物です校倉天武天皇の指示により作られた2つの歴史書は?古事記と日本書紀各地の自然や産物を記した書物は?風土記最古の和歌集は?万葉集最古の漢詩集は?懐風藻鑑真が建てた寺は?唐招提寺↓コチラのページでチェックできます。天平文化の一問一答(中学歴史レベル)中学歴史レベル(高校入試レベル)での天平文化に関する確認問題を作成しました。全国各地で仏教を広めるとともに橋や道路をつくった人物は?天武天皇の指示により作られた2つの歴史書は?東大寺の正倉院は( )造の代表的な建築物です。など対話形式で学ぶ天平文化今、歴史で奈良時代を習っているんですけど、「天平文化」っていうのが、なんだかすごく豪華で、でもちょっと難しくて。どんな特徴があるのか、もう少し詳しく知りたいんです。おお、良い質問だね! 天平文化は、奈良時代、特に聖武天皇の時代に花開いた文化のことだよ。一言で言うと、「国際色豊かで仏教色の濃い、華やかな貴族文化」だと言えるね。国際色豊かで、仏教色が濃い、華やかな貴族文化…なるほど。具体的にはどんな感じだったんですか?じゃあ、まず「国際色豊か」な点から説明しようか。天平文化は、中国の唐という国、それから朝鮮半島の新羅や百済(滅亡後も文化的な影響はあった)、さらには遠くインドやペルシャの文化まで、積極的に取り入れたの。インドやペルシャまでですか! すごい! どうやって取り入れたんですか?主に遣唐使という使節団が中国へ渡り、進んだ文化や技術を持ち帰ったの。唐の都・長安は、当時世界でも有数の国際都市で、様々な国の人が行き交っていた。そこで得た知識や品物が、日本の文化に大きな影響を与えたんだよ。例えば、正倉院に収められている宝物を見ると、唐だけでなく、西域やペルシャ風のデザインのものがたくさんあるんだ。正倉院の宝物! 確かに、教科書で見た琵琶とか、すごくエキゾチックな柄でした! あれが国際色なんですね!その通り! 次に、「仏教色が濃い」という特徴だね。聖武天皇は、仏教の力で国を治めようとしたんだ。鎮護国家思想といって、仏教の力で国を安泰にしようと考えた。だから、東大寺の大仏建立をはじめ、国中に国分寺や国分尼寺が建てられたってこと。東大寺の大仏! あれも天平文化なんですね!そうだよ。大仏の顔を見ればわかるけど、あの穏やかで慈悲深い表情は、当時の仏教美術の最高傑作の一つ。他にも、興福寺の阿修羅像なんかも天平文化を代表する仏像だね。仏像だけでなく、お経を写す写経も盛んに行われたり、僧侶が中心となって文化を担う役割も大きかったんだ。仏教が、国の中心だったんですね。なんだか、今の日本とは全然違いますね。そうだね。そして最後の特徴、「華やかな貴族文化」についてだけど、これは仏教や国際色とも密接に関わっている。当時の貴族たちは、仏教を深く信仰し、中国から伝わった最新の流行を取り入れたんだ。彼らの生活は非常に豊かで、建築、彫刻、絵画、工芸品など、あらゆる分野で豪華絢爛なものが作られた。貴族の人が、リーダーだったんですね。その通り。彼らが文化の担い手であり、パトロンだったんだ。たとえば、歌の世界では『万葉集』が編纂されたけど、天皇から庶民まで幅広い身分の人々の歌が収められているとはいえ、やはり貴族の歌が多くを占めている。遣唐使として唐に渡った阿倍仲麻呂のような国際的な感覚を持った貴族もいたんだ。なるほど! まとめると、天平文化は、遣唐使のおかげで中国や遠い国の文化まで入ってきて、聖武天皇が仏教の力で国を良くしようとしたから仏像とかお寺がたくさん作られて、それを貴族の人たちが中心になって豪華な文化を作り上げた、ってことですね!
    Read More
  • 国風文化の特徴とまとめ(中学歴史)
    国風文化「ひらがな、カタカナの発明」中学歴史で習う国風文化(平安時代)について定期テストでのポイントをまとめています。国風文化の特徴国風文化は、平安時代の9世紀の終わりごろから栄えたもので、それまでの飛鳥文化や天平文化(奈良時代)が朝鮮半島や中国大陸からの影響を受けていたのに対し、日本独自の発達をしたのが特徴です。代表的なのは、かな文字(ひらがな、カタカナ)の発明です。これにより源氏物語などのすぐれた作品が生み出されました。国風文化のポイント日本独自の発展かな文字(ひらがな、カタカナ)の発明源氏物語、枕草子、竹取物語などの文学作品寝殿造り、大和絵など日本の風景にあわせたものが多い日本独自の文化が発達した背景には遣唐使の廃止(894年)があります。奈良時代には遣唐使を派遣することで唐から学び、天平文化につながりましたが、菅原道真の進言により唐がおとろえたことと航海の危険から遣唐使は廃止されました。こうした中で日本独自の気候やくらしにあった文化が生まれてくることになりました。正装として男子は衣冠・束帯、女子は十二単が用いられました。服装が日本風に変わったのもこの頃です。国風文化の代表作品など作品名特徴源氏物語紫式部による。貴族の生活を題材にした物語。枕草子清少納言による。「春はあけぼの…」の書き出しが有名な随筆。竹取物語かぐや姫の話。日本最古の物語としても知られる。古今和歌集紀貫之が編纂した和歌。土佐日記紀貫之による日記。いずれの作品も「かな文字」により書かれ、紫式部や清少納言など宮中の女性が活躍したことも国風文化の特徴なので覚えておきましょう。また、寝殿造のふすまや屏風には大和絵が描かれ、この大和絵が鳥獣戯画などの絵巻物に発展していきました。鳥獣戯画はウサギやカエルなどが擬人化されて描かれていてマンガの原形ともいわれている作品です。
    Read More
  • 鎌倉文化の特徴とまとめ(中学歴史)
    「武士の影響で力強い」のが鎌倉文化の特徴中学歴史で習う鎌倉文化について定期テストで出題されそうなポイントをまとめています。鎌倉文化の特徴武士が幕府を開き、政治の実権を握るようになったのが鎌倉時代です。この武士の影響が鎌倉文化にも表れています。これまでの文化は公家のあいだで広まっていたものですが、鎌倉文化は武士や庶民にもわかりやすいものが発達したことが特徴です。琵琶法師によって広められた軍記物の「平家物語」はその代表。また、戦乱やききんが続いたことで新しい仏教も広まりました。鎌倉文化のポイント武士の影響素朴で力強い新しい仏教の誕生鎌倉文化は、それまでの公家文化の影響も残しながら、武士による影響がみられ、素朴で力強いことがポイントです(東大寺南大門の金剛力士像がその代表です)。鎌倉文化の代表作品など作品名特徴平家物語軍記物。琵琶法師によって語られた。愚管抄慈円による歴史書。新古今和歌集後鳥羽上皇の命により編纂。西行、源実朝、藤原定家などの歌。東大寺南大門力強さが特徴。運慶、快慶による金剛力士像がある。似絵肖像画のこと。徒然草吉田兼好による随筆。方丈記鴨長明による随筆。鎌倉時代の武士による力強さを象徴するものとして取り上げられることが多いのが東大寺南大門にある金剛力士像です。教科書や参考書に写真が出ているのでチェックしておきましょう。阿形(あぎょう)と吽形(うんぎょう)東大寺南大門の金剛力士像は向かって左側が口を開いた「阿形(あぎょう)」、向かって右側が口を結んだ「吽形(うんぎょう)」です。鎌倉時代の新仏教飢饉や武士による戦乱が続いたことから救いと求める民衆のあいだで新しい仏教も広まりました。浄土宗法然。最初に広まった新仏教。浄土真宗親鸞。悪人こそ救われるという考え方。時宗一遍。踊り念仏。日蓮宗日蓮。題目を唱える。臨済宗栄西。坐禅により悟りを開く禅宗のひとつ。曹洞宗道元。坐禅により悟りを開く禅宗のひとつ。南無阿弥陀仏と南無妙法蓮華経南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)と唱えれば救われるとしたのが法然(浄土宗)で、南無妙法蓮華経(なむみょうほうれんげきょう)と唱えれば救われると説いたのが日蓮(日蓮宗)です。鎌倉文学には冒頭が有名な作品が3つ鎌倉時代には冒頭が有名な文学作品が3つあります。資料問題としての出題が予想されるので、まとめておきました。祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり…平家物語琵琶法師行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず…方丈記鴨長明徒然なるままに日ぐらし…徒然草吉田兼好鴨長明と吉田兼好はそれぞれの作品の作者。琵琶法師は平家物語を語り歩いた盲目の僧です。徒然草の冒頭は「徒然」とそのままなのでわかりやすいのですが、方丈記の「行く川のながれは絶えずして…」だけ出題されたときに、徒然草と間違えないようにしましょう。
    Read More
  • 室町文化の特徴とまとめ(中学歴史)
    「公家文化と武士文化の融合」が室町文化の特徴中学歴史で習う室町文化について定期テストで出題されそうなポイントをまとめています。室町文化の特徴まとめ公家の文化と武士の文化が融合することで、新しいものができてきたのが室町文化です。平安時代までは文化の中心は公家、貴族が担っていましたが、鎌倉時代に入ると武士の影響が大きくなり、文化面でも武士や庶民にわかりやすいものが発達しました。この流れを受けて、室町時代になると公家・貴族と武士の文化の融合・ハイブリッドとなったのが室町文化です。室町文化が鎌倉文化とちがい公家の影響を受けたのは、幕府を京都(室町)に置いたことが影響しています。金閣寺や銀閣寺が建てられただけでなく、茶の湯や生け花など現代まで続いているものが誕生したのもこの時代です。室町文化は、特権階級の人々のものだけでなく民衆の間にも広まったことが特徴で、能楽、狂言やお伽草紙などが楽しまれました。定期テスト向けまとめ公家文化と武士文化の融合茶の湯、生け花など伝統文化の誕生民衆のあいだでもお伽草紙などが楽しまれる室町文化の特徴は、公家、武家、民衆と多くの人のあいだで親しまれたことです。それまでの文化が貴族など限られた人のものだったのに対し、民衆も文化に親しめるようになりました。応仁の乱により京都を離れた人々が地方に文化を広めたことも室町文化の特徴です。室町文化のキーワード一覧能楽観阿弥、世阿弥が田楽・猿楽をもとに完成狂言喜劇。能楽のあいまに演じられた。金閣寺3代将軍足利義満が建てる。鹿苑寺(ろくおんじ)。北山文化。銀閣寺8代将軍足利義政が建てる。慈照寺(じしょうじ)。東山文化。水墨画雪舟が大成。秋冬山水図な有名。太平記軍記物。南北朝の動乱を描いたもの。神皇正統記歴史書。北畠親房が南朝の正当性を記したもの。お伽草子絵が入った物語軍記物には平家物語もありますが、こちらは鎌倉文化のものです。近い時代で似たものなので定期テストでは間違えないようにしましょう。テストで差がつく室町文化キーワードプラスα書院造(しょいんづくり)武士の家で広まった建築様式。床の間やふすまなどを用いるのが特徴。枯山水(かれさんすい)庭に石の配置で自然を表現する技法。龍安寺が有名。足利学校(あしかががっこう)上杉憲実が現在の栃木県に再興した学問所。書院造は武士の建築様式で、寝殿造は公家・貴族の建築様式です。南北朝文化、北山文化、東山文化室町時代の文化をまとめて室町文化と呼んでいますが、細かく分類すると南北朝文化、北山文化、東山文化にわかれます。南北朝文化南北朝時代太平記、神皇正統記北山文化足利義満(3代将軍)の頃金閣寺、観阿弥・世阿弥による猿楽能東山文化足利義政(8代将軍)の頃銀閣寺、雪舟による水墨画対話形式で学ぶ室町文化の特徴先生、次の歴史の授業で室町時代に入ると聞いたんですけど、室町文化ってどんな特徴があるのか、ちょっと気になって。鎌倉文化とはどう違うのかなって。素晴らしい質問だね!室町文化は、鎌倉文化とはまた違った魅力がたくさんあるんだよ。室真理文化の一番大きな特徴は、「武士と貴族の文化が融合したこと」なんだ。鎌倉時代は武士の力が強かったから、武士らしい質実剛健な文化が中心だったでしょう?はい、なんか質素で力強いイメージがあります。そうだね。でも、室町時代になると、幕府が京都に置かれたこともあって、武士たちは貴族の文化に触れる機会が増えたんだ。そして、貴族もまた、武士の文化を取り入れるようになって、お互いの良いところを取り入れた新しい文化が生まれたんだよ。へぇ〜! それで、具体的にはどんなものが生まれたんですか?例えばね、お茶をたしなむ「茶の湯」や、お花を飾る「生け花」なんかがそうだね。これらは元々、貴族の間で楽しまれていたものだけど、武士の間でも広まって、今のような形に発展していったんだ。茶道とか華道って、室町時代に始まったんですね! なんか、奥が深そう!そうなんだ。そして、室町文化のもう一つの大きな特徴は、「禅の思想の影響が強いこと」だね。禅宗は、鎌倉時代から武士の間で広まっていたんだけど、室町時代にはさらに多くの人々に受け入れられて、文化に大きな影響を与えたんだ。禅ですか。座禅を組むやつですよね? それが文化にどう影響するんですか?いい質問だね! 禅の思想には、無駄をそぎ落として本質を追求する、シンプルで洗練された美しさを尊ぶ考え方があるんだ。それが、建物の造りや庭園、水墨画などに反映されたんだよ。あ!なんとなくわかります! 例えば、金閣寺とか銀閣寺って、室町時代ですよね?その通り!特に、足利義満が建てた金閣寺と、足利義政が建てた銀閣寺は、室町文化を代表する建物だね。金閣寺はピカピカで豪華なイメージがあるんですけど、銀閣寺はなんか渋いというか、落ち着いた感じですよね?まさにそこに室町文化の深さがあるんだよ。金閣寺は、義満が貴族文化を取り入れて豪華絢爛な「北山文化」を築いた象徴だね。一方で、銀閣寺は、義政が質素でわび・さびを重んじる「東山文化」という新しい文化を花開かせたものなんだ。北山文化と東山文化! なんか、同じ室町時代なのに違うんですね!そうだね。北山文化は義満の時代、東山文化は義政の時代で、時代によって文化の特色も少しずつ変化していったんだ。東山文化の代表的なものとしては、銀閣寺の他にも、質素な美しさを追求した書院造という建築様式や、枯山水という石と砂で自然を表現する庭園なんかもそうだね。なるほど! 禅の思想が、そういうシンプルな美しさに繋がってるんですね! あと、室町文化といえば、能とか狂言もそうですよね?その通り!能も狂言も、室町時代に大成した芸能だね。これも武士や貴族だけでなく、庶民にも広まって、今でも私たちに楽しまれているんだ。へぇ〜、能も狂言も室町時代からあったんですね! なんか、歴史が身近に感じられます!そうだね! 室町文化は、今の私たちの生活にも深く関わっているものがたくさんあるんだ。茶道、華道、庭園、能、狂言…。これらは全て、室町時代の人々が作り上げてきた素晴らしい文化なんだよ。今日、先生のお話を聞いて、室町文化がすごく面白く感じられました! ありがとうございます! 授業が楽しみになってきました!
    Read More
  • 桃山文化の特徴とまとめ(中学歴史)
    「雄大で豪華」な桃山文化中学歴史で習う桃山文化について特徴とポイントをまとめています。安土桃山時代(織田信長と豊臣秀吉が活躍した時代)に栄えたのが桃山文化です。「安土桃山」とは「安土桃山」は、織田信長の居城の安土城と、豊臣秀吉の居城の桃山城から取ったもの。秀吉の居城の正確な名称は伏見城ですが、桃の木が植えられたことから、のちに桃山城とも呼ばれるようになりました。桃山文化の特徴戦国大名や豪商が中心となり作り上げたのが桃山文化です。雄大で豪華なものが多いことが特徴となっています。雄大な天守閣を持つ姫路城や大阪城や、その内部に飾られた狩野永徳や狩野山楽による屏風絵が代表的なものとなっています。また、この時代は織田信長など戦国大名により寺院の力が弱まったことで、文化の面での仏教の影響が薄れたことが特徴です。桃山文化を代表する城桃山文化を代表する城には大阪城、姫路城、安土城、伏見城があり、書院造を取り入れていることが特徴です。姫路城はその外観(白さ)から別名で「白鷺城(しらさぎじょう)とも呼ばれています。」桃山文化の時代背景1573年…足利義昭が京を追われ、室町幕府が滅亡1582年…本能寺の変1590年…豊臣秀吉が全国統一1600年…関ヶ原の戦い戦国武将が権威を示すために壮大なお城や豪華な壁画が作られるようになりました。桃山文化の特徴雄大で豪華戦国大名、豪商が中心仏教の影響が薄れ、多彩な文化が広まるそれまでの文化には仏教の影響が大きかったのに対し、桃山文化は仏教面がうすれ、多彩な文化が花開きました。戦国大名により豪華な城が築かれる一方で、庶民のあいだでは、後の歌舞伎につながる「かぶき踊り」や三味線などが広まりました。貿易商人によりパンやタバコがもたらされたのもこの頃です。桃山文化の代表作品など茶道千利休が完成。障壁画狩野永徳、狩野山楽らによる。体表的な屏風絵として唐獅子図屏風(狩野永徳)が有名。三味線琉球から伝わった三線(さんしん)がもとになっている。浄瑠璃三味線を伴奏に物語を語る。陶磁器朝鮮人陶工の技術で有田焼などがつくられた。かぶき踊り出雲阿国(いずものおくに)が始めたもので、のちの歌舞伎。聚楽第書院造を取り入れた邸宅。安土城、姫路城、大阪城雄大な天守閣が特徴。南蛮屏風ポルトガル人やスペイン人の風俗を描いた障壁画。三味線のもととなった琉球の三線は中国の三弦(さんげん)をもとに作られたものです。桃山文化=唐獅子図屏風、元禄文化=風神雷神図屏風似ていて紛らわしいのが、唐獅子図屏風と風神雷神図屏風です。唐獅子図屏風は狩野永徳による障壁画で桃山文化のもの。風神雷神図屏風は俵屋宗達による装飾画で江戸時代の元禄文化のものです。
    Read More
  • 元禄文化の特徴とまとめ(中学歴史)
    元禄文化の特徴は「上方中心」中学の歴史で習う江戸時代の文化は2つ。元禄文化と化政文化です。今回は元禄文化についての特徴とポイントをまとめています。元禄文化の特徴元禄文化は、江戸時代の17世紀末から18世紀初めにかけて栄えた文化です。徳川5代将軍綱吉の時代から吉宗が8代将軍になるぐらいまでの期間になります。大阪や京都などの上方が中心で、町人によって支えられていたことが特徴です。人形浄瑠璃の近松門左衛門や浮世草子の井原西鶴などが元禄文化を代表する人物。元禄文化の作品としては、見返り美人図(菱川師宣)や奥の細道(松尾芭蕉)が有名です。元禄文化の時代背景元禄年間は1688年から1704年まで。江戸幕府の将軍は徳川綱吉だった時代です。忠臣蔵として有名な赤穂事件(赤穂浪士の討ち入りのもとになった事件)があったのが元禄14年3月14日 (旧暦) (1701年4月21日)です。1669年シャクシャインの戦い1685年生類憐みの令1709年新井白石の政治(〜1716年)1716年享保の改革元禄文化の特徴まとめ上方文化町人中心社会をありのままに描く仏教の影響を受けた文化の場合は来世のことを取り扱ったものが多くなりますが、元禄文化は現世をありのままに描いています。現世(この世)のことを浮世(うきよ)ともいいます。町人の暮らしを生き生き描いた浮世草子や義理と人情の板挟みになる男女を描いた人形浄瑠璃などがその代表となっています。元禄文化の代表的作品作品名作者分野奥の細道松尾芭蕉俳諧野ざらし紀行松尾芭蕉紀行文見返り美人図菱川師宣浮世絵二条城障壁画狩野探幽障壁画風神雷神図屏風俵屋宗達装飾画紅白梅図尾形光琳装飾画源氏物語図屏風(げんじものがたりずびょうぶ)土佐光起装飾画燕子花図屏風(かきつばたずびょうぶ)尾形光琳装飾画八橋蒔絵螺鈿硯箱(やつはしまきえらでんすずりばこ)尾形光琳美術品日本永代蔵(にほんえいたいぐら)井原西鶴浮世草子好色一代男(こうしょくいちだいおとこ)井原西鶴浮世草子世間胸算用(せけんむねさんよう)井原西鶴浮世草子曽根崎心中(そねざきしんじゅう)近松門左衛門人形浄瑠璃国性爺合戦(こくせんやかっせん)近松門左衛門人形浄瑠璃心中天網島(しんじゅう てんの あみじま)近松門左衛門人形浄瑠璃冥途の飛脚(めいどのひきゃく)近松門左衛門人形浄瑠璃浮世草子というのは当時の小説の形態のことで、町人物、武家物、好色物などのジャンルがあります。曽根崎心中は実際に起きた事件を題材としたもので「世話物」と呼ばれます。覚えておきたい元禄文化を代表する人物3名松尾芭蕉(まつお ばしょう)俳句の形式や表現を大きく発展させた人物。「古池や 蛙飛びこむ 水の音」「閑さや 岩にしみ入る 蝉の声」などの俳句が有名。「奥の細道」という紀行文は、俳句と文章が一体となった傑作として今も多くの人に読まれています。井原西鶴(いはら さいかく)「浮世草子」と呼ばれるジャンルを確立した作家。武士だけでなく、商人や庶民の生活、彼らの欲望や喜び、悲しみなどをリアルに、そして面白く描いたことで人気があった。「世間胸算用(せけんむねさんよう)」「好色一代男(こうしょくいちだいおとこ)」などの作品が有名。近松門左衛門(ちかまつ もんざえもん)人形浄瑠璃や歌舞伎の脚本を書いた人物。実際に起きた心中事件を題材にした作品などが当時の人々の共感を呼び、日本の演劇の発展に大きな影響を与えました。「国姓爺合戦(こくせんやかっせん)」「曽根崎心中(そねざきしんじゅう)」などの作品が有名。関西弁で解説!元禄文化ってなんやねん?元禄文化ていうのはな、江戸時代の中頃、だいたい1688年から1704年ぐらいの時期に栄えた文化のことや。この頃はな、世の中がめっちゃ平和になって、経済もどんどん発展していったんや。せやから、今まであんまりお金持ってへんかった町人たちが、めっちゃ力を持つようになって、自分たちの文化を作り上げていったんやで。特徴は「町人」と「娯楽」や!この時代の文化の特徴は、なんといっても町人が主役やったってことや。武士のお堅い文化と違て、もっと庶民的で、生活を楽しむためのもんがようけ出てきたんや。ざっくり言うたら、「ちょっと派手で、おもろいもん」ってイメージやな。代表的なもんを紹介するで!文学:井原西鶴(いはらさいかく)この人はな、当時のお金持ちや色んな町人の暮らしを、めっちゃリアルにおもしろおかしく書いたんや。「好色一代男(こうしょくいちだいおとこ)」とか「日本永代蔵(にっぽんえいたいぐら)」とか、聞いたことあるかもしれへんな。彼の作品は、当時の大阪の人々の生活をよう表しとるんやで。文学:松尾芭蕉(まつおばしょう)「古池や 蛙飛び込む 水の音」って句、知ってるやろ? あれ書いたのがこの人や。俳句っていう、五・七・五の短い詩をめっちゃ広めた人なんや。この人の俳句は、なんかこう、じっくり考えさせられるような深みがあるのが特徴やな。芸術:浮世絵(うきよえ)これは当時の大人気なポスターや雑誌の表紙みたいなもんや。役者さんとか、美人さんとか、旅行の風景なんかをカラフルに描いた絵のことやで。菱川師宣(ひしかわもろのぶ)っていう人が、浮世絵の基礎を作ったんや。芸術:人形浄瑠璃(にんぎょうじょうるり)人形を操って物語を演じる芝居のことや。太夫(たゆう)さんが語って、三味線が音を奏でて、人形が動くんや。今でいうと、めっちゃリアルな人形劇みたいなもんやな。近松門左衛門(ちかまつもんざえもん)っていう人が、めっちゃええ脚本を書いたから、さらに人気になったんや。芸術:歌舞伎(かぶき)これはもう有名やな! 派手な化粧して、ど迫力の演技をするお芝居のことや。元禄時代に、役者さんがどんどんスターになって、めっちゃ盛り上がったんや。元禄文化をまとめるとなせやから、元禄文化っていうのは、町人が主役になって、お金と時間を使って楽しむための文化が花開いた時代ってわけや。派手で、おもろくて、生き生きしとるのが特徴やな。江戸時代の文化に関する試験対策ページ元禄文化と化政文化のちがい江戸時代の文化として紛らわしい元禄文化と化政文化の違いを一問一答形式で確認できるようにしました。どっちが元禄?どっちが化政?かをチェックしてみてください。元禄文化と化政文化の違いを確認できるリスト【問題】どっちが元禄文化?【解答】元禄文化17世紀末〜18世紀初め or 19世紀初め17世紀末〜18世紀初め将軍綱吉の時代 or 将軍家斉の時代将軍綱吉の時代享保の改革より前 or 寛政の改革より後享保の改革より前元禄文化と化政文化のちがいをチェック江戸時代の文化として紛らわしい元禄文化と化政文化の違いを一問一答形式で確認できるようにしました。どっちが元禄?どっちが化政?かをチェックしてみてください。「滝沢馬琴 or 井原西鶴」「尾形光琳 or 喜多川歌麿」「日本永代蔵 or 東海道中膝栗毛」中学歴史・江戸時代の文化に関する一問一答問題解答覚えておきたいポイント江戸時代に上方を中心に発達した町人文化は?元禄文化元禄文化は上方中心、化政文化は江戸中心。どちらも町人文化江戸幕府により奨励された「上下関係を重んじる」学問は?朱子学「寛政異学の禁」では朱子学以外の学問が禁止された松尾芭蕉による紀行文は?奥の細道俳諧を文学として大成させたのが松尾芭蕉人形浄瑠璃の脚本「曽根崎心中」を書いた人物は?近松門左衛門近松門左衛門は、義理と人情の世界に生きる男女の悲劇をテーマにしている杉田玄白らが翻訳した人体解剖書は?解体新書オランダ語訳の「ターヘル・アナトミア」を日本語に翻訳したのが解体新書中学歴史「江戸時代の文化」の一問一答チェック中学歴史で習う江戸時代の文化についての一問一答です。江戸時代に上方を中心に発達した町人文化は?松尾芭蕉による紀行文は?杉田玄白らが翻訳した人体解剖書は?「古事記伝」を記し、国学を大成させた人物は?など。
    Read More
  • 化政文化の特徴とまとめ(中学歴史)
    化政文化「江戸中心」中学の歴史で習う江戸時代の文化の中の化政文化について定期テストレベルのポイントをまとめています。同じ江戸時代の文化である元禄文化と間違えないようにしましょう。化政文化の特徴化政文化は、江戸時代の後期(19世紀初め)に栄えた文化です。寛政の改革後から天保の改革の頃までの期間になります。江戸時代のもう一つの文化である元禄文化が上方(大阪、京都)中心だったのに対し、化政文化は江戸が中心の町人文化となりました。また、化政文化は、世の中に対しての風刺や皮肉が好まれ、狂歌や川柳が数多くつくられたことも特徴です。化政文化の時代背景化政とは元号の文化と文政を合成した用語です。このあたりの元号を並べると、寛政→享和→文化→文政→天保となります。寛政の改革、天保の飢饉など重要用語にもなっていますよね。その間となる文化〜文政年間 (1804〜31年)に栄えたのが化政文化です。1787年寛政の改革(〜1793年)1792年ラスクマンが根室に来航1804年レザノフが長崎に来航1825年外国船打払令1833年天保の飢饉1837年大塩平八郎の乱徳川将軍で言うと、第11代将軍の徳川家斉(在職1787〜1837)の時代となります。化政文化のポイント江戸文化町人中心狂歌や川柳など風刺や皮肉が好まれる元禄文化の約1世紀後に栄えたのが化政文化です。どちらも町人文化ですが、元禄文化は上方中心だったのに対し、化政文化は江戸中心です。交通網の整備などもあり、江戸の文化が地方にまで広まったのも特徴です。化政文化の代表作品など小説東海道中膝栗毛十返舎一九(じっぺんしゃ いっく)小説浮世風呂式亭三馬(しきてい さんば)小説南総里見八犬伝滝沢馬琴(たきざわ ばきん)別名は「曲亭馬琴」俳諧おらが春小林一茶(こばやし いっさ)浮世絵美人画喜多川歌麿(きたがわ うたまろ)浮世絵富嶽三十六景葛飾北斎(かつしか ほくさい)浮世絵東海道五十三次歌川広重(うたがわ ひろしげ)浮世絵では錦絵と呼ばれる多色刷りの技術が進みました。また、伊能忠敬(いのう ただたか)が日本全図を作ったのもこの頃です。化政文化に関連する人物葛飾北斎(かつしか ほくさい)歌川広重(うたがわ ひろしげ)喜多川歌麿(きたがわ うたまろ)東洲斎写楽(とうしゅうさい しゃらく)十返舎一九(じっぺんしゃ いっく)滝沢馬琴(たきざわ ばきん)式亭三馬(しきていさんば)小林一茶(こばやし いっさ)与謝蕪村(よさ ぶそん)似た名前の、与謝蕪村(よさ ぶそん)と与謝野晶子(よさの あきこ)を間違えないようにしましょう。与謝野晶子は明治時代の歌人です。化政文化と元禄文化の一覧表どちらも江戸時代の文化で間違いやすいのが化政文化と元禄文化です。主な作品を一覧表にしましたので、整理して覚えておきましょう。時代的には元禄文化が先で、化政文化が後です。元禄文化化政文化時代17世紀末から18世紀初め19世紀初め地域上方(大坂、京都)中心江戸中心担い手町人文化町人文化文芸浮世草子「日本永代蔵」(井原西鶴)浄瑠璃「曽根崎心中」(近松門左衛門)俳諧「奥の細道」(松尾芭蕉)小説「東海道中膝栗毛」(十返舎一句)小説「南総里見八犬伝」(滝沢馬琴)俳諧(小林一茶)美術浮世絵「見返り美人図」(菱川師宣)浮世絵「東海道五十三次」(歌川広重)浮世絵「富嶽三十六景」(葛飾北斎)また、次の新しい学問も化政文化と同じ時代のものです。蘭学…杉田玄白らによる「解体新書」国学…本居宣長による「古事記伝」地図…伊能忠敬による日本地図国学は、やがて幕末の尊王(攘夷)運動に影響を与えることとなります。オススメ関連ページ元禄文化と化政文化のちがいを確認できるリスト【問題】どっちが元禄文化?【解答】元禄文化補足葛飾北斎 or 菱川師宣菱川師宣浮世絵「見返り美人図」尾形光琳 or 喜多川歌麿尾形光琳装飾画「紅白梅図屏風」奥の細道 or 富嶽三十六景奥の細道松尾芭蕉日本永代蔵 or 東海道中膝栗毛日本永代蔵井原西鶴南総里見八犬伝 or 曽根崎心中曽根崎心中近松門左衛門元禄文化と化政文化のちがいをチェック江戸時代の文化として紛らわしい元禄文化と化政文化の違いを一問一答形式で確認できるようにしました。どっちが元禄?どっちが化政?かをチェックしてみてください。「滝沢馬琴 or 井原西鶴」「尾形光琳 or 喜多川歌麿」「日本永代蔵 or 東海道中膝栗毛」江戸時代の文化に関する一問一答問題解答覚えておきたいポイント杉田玄白らが翻訳した人体解剖書は?解体新書オランダ語訳の「ターヘル・アナトミア」を日本語に翻訳したのが解体新書「古事記伝」を記し、国学を大成させた人物は?本居宣長国学は幕末の尊王運動に影響を与えることとなる全国の沿岸を実測して日本地図を作製した人物は?伊能忠敬地図作製には関孝和による和算も役に立っている風景画の浮世絵「富嶽三十六景」を描いた人物は?葛飾北斎風景画はほかに「東海道五十三次(歌川広重)」が有名弥次さん喜多さんが登場する小説「東海道中膝栗毛」の作者は?十返舎一九同じく化政文化の小説「南総里見八犬伝」の作者は滝沢馬中学歴史「江戸時代の文化」の一問一答チェック中学歴史で習う江戸時代の文化についての一問一答です。江戸時代に上方を中心に発達した町人文化は?松尾芭蕉による紀行文は?杉田玄白らが翻訳した人体解剖書は?「古事記伝」を記し、国学を大成させた人物は?など。
    Read More
  • 明治文化の特徴とまとめ(中学歴史)
    明治文化「欧米文化の流入」中学の歴史で習う明治時代の文化について定期テストレベルのポイントをまとめています。明治文化の特徴鎖国政策を続けていた江戸時代と異なり、明治時代になると欧米の文化が入ってきたことで、西洋風の生活が取り入れられることとなりました。都市部ではレンガ造りの建物がつくられたり、洋服を着るようにもなりました。また、太陽暦が使われるようになったのもこの頃からです。こうした中で宗教観や道徳観にとらわれず、ありのままの姿を書こうとした文学を中心に明治文化は花開きました。明治文化の時代背景明治時代(1868年〜1912年)1867年…大政奉還1869年…版籍奉還1871年…廃藩置県1872年…学制発布1877年…西南戦争1889年…大日本帝国憲法発布1894年…日清戦争1902年…日英同盟1904年…日露戦争1910年…大逆事件明治文化のポイント欧米の文化の影響都市部から広がる宗教観にとらわれない文学作品明治に入り近代化を進めるにあたり欧米の文化も日本に入ってきましたが、都市部が中心で、農村部では江戸時代と変わらぬ風習も続いていました。明治文化には、吾輩は猫である(夏目漱石)や舞姫(森鴎外)など優れた文学作品が多いのも特徴です。明治文化の代表作品など分類作品名作者小説小説神髄坪内逍遥小説浮雲二葉亭四迷小説舞姫森鴎外小説吾輩は猫である、坊ちゃん夏目漱石小説たけくらべ樋口一葉歌集一握の砂石川啄木作曲荒城の月滝廉太郎日本画無我横山大観西洋画湖畔黒田清輝小説の中で特に定期テスト対策として覚えておきたいのは、二葉亭四迷の「浮雲」。言文一致体で書かれた小説でのちの作品に影響を与えました。
    Read More
  • 大正文化の特徴とまとめ(中学歴史)
    大正文化「マスメディアの登場による大衆化」中学の歴史で習う大正時代の文化について定期テストレベルのポイントをまとめています。大正文化の特徴明治時代までの文化は上流階級など一部の限られた人々が中心となって広まったものですが、大正文化は広く大衆により支えられました。これは義務教育が普及し、進学率も高まったことで新聞、雑誌、映画などのマスメディアが発達したことが影響しています。発行部数が100万部を超える新聞もあらわれ、1925年(大正14年)にはラジオ放送も始まりました。大正文化の時代背景大正時代(1912年〜1926年)1907年…義務教育が6年に1911年…関税自主権の回復1914年…第一次世界大戦1918年…米騒動1920年…国際連盟の成立1925年…普通選挙制の成立大正文化のポイント文化の大衆化新聞、雑誌などマスメディアの登場白樺派、プロレタリア文学、大衆文学など多様な文学円本(定価1円の本)のブームなどにより、小説が大衆のあいだでも読まれるようになりました。こうしたなかで芥川龍之介や江戸川乱歩らが活躍し、小林多喜二らによりプロレタリア文学がつくられました。大正文化の代表的作家作家作品名備考芥川龍之介羅生門谷崎潤一郎刺青志賀直哉暗夜行路白樺派武者小路実篤人間万歳白樺派小林多喜二蟹工船プロレタリア文学江戸川乱歩探偵小説白樺派と呼ばれた人たちは人道主義・理想主義を掲げていました。また、労働者の厳しい生活や貧困を扱ったのがプロレタリア文学です。
    Read More
  • 中学歴史「文化」に関する重要人物チェック問題
    中学歴史「文化」に関する人物問題中学歴史で出てくる文化に関する重要人物のチェック問題を作成しました。中学歴史「文化」に関する重要人物のチェック問題人物名を隠す(クリック)小野妹子らが遣隋使として隋に渡った遣唐使に同行した阿倍仲麻呂は帰国せずに唐で高官となった鑑真は失明しながらも遣唐使船で来日し、唐招提寺を開いた僧の行基は東大寺の大仏建立や地方での用水路の整備などに貢献した山上憶良による貧窮問答歌はこの頃の農民の苦しい生活をあらわしている菅原道真の建議により遣唐使が廃止された藤原頼通は京都の宇治に平等院鳳凰堂を建てた最澄は比叡山に延暦寺を建て天台宗を広めた空海は高野山に金剛峰寺を建て真言宗を広めた東大寺南大門の金剛力士像は運慶・快慶によりつくられた法然は浄土宗を開いた足利義満が金閣寺を建てた足利義政が銀閣寺を建てた観阿弥・世阿弥により能楽が完成された雪舟が水墨画を大成させた宣教師のフランシスコ・ザビエルが日本にキリスト教を伝えた千利休が茶の湯を茶道として大成させた出雲の阿国が歌舞伎の元となるかぶき踊りを始めた青木昆陽は、やせた土地でも育つサツマイモの普及を図った関孝和は和算と呼ばれる日本の数学を確立させた前野良沢と杉田玄白はオランダ語を訳した解体新書を出版した平賀源内はエレキテルと呼ばれる発電機をつくった古事記伝を記した本居宣長は国学を大成した伊能忠敬が日本地図「大日本沿海輿地全図」をつくった中江藤樹は朱子学を批判し、陽明学を広めた林子平は海国兵談で海防の必要性を説いたが発売禁止となったクラーク博士が札幌農学校の初代教頭となった福沢諭吉が慶応義塾を、大隈重信が東京専門学校(のちの早稲田)をつくった女子留学生のひとりだった津田梅子が津田塾大学をつくった北里柴三郎はペスト菌を発見し、近代日本医学の父と呼ばれた野口英世は黄熱病の研究でアフリカに渡った湯川秀樹が日本人初のノーベル賞を受賞した隠された人物名はクリックすることで再表示されます。中学歴史に出てくる作品と作者名一覧作者名を隠す(クリック)作品名作者名土佐日記紀貫之枕草子清少納言源氏物語紫式部方丈記鴨長明徒然草吉田兼好奥の細道松尾芭蕉国性爺合戦近松門左衛門見返り美人図菱川師宣古事記伝本居宣長東海道中膝栗毛十返舎一九南総里見八犬伝滝沢馬琴富嶽三十六景葛飾北斎東海道五十三次歌川広重おらが春小林一茶学問のすすめ福沢諭吉舞姫森鴎外たけくらべ樋口一葉金色夜叉尾崎紅葉みだれ髪与謝野晶子吾輩は猫である夏目漱石坊ちゃん夏目漱石羅生門芥川龍之介蟹工船小林多喜二隠された作者名はクリックすることで再表示されます。
    Read More
  • 中学歴史の文化に関する一問一答(基本問題50)
    中学歴史の文化に関する基本問題50を一問一答チェック中学歴史に出てくる文化に関する作品(建築物、歴史書、物語、日記、歌集、彫刻など)と関連人物を一覧形式でまとめました。リストの後に一問一答形式で、全50問の中からランダムに5問出題されるチェック表があります。テスト前の確認に使ってみてください。作品名分類関連人物文化備考法隆寺建築物厩戸皇子飛鳥現存する世界最古の木造建築物釈迦三尊像(法隆寺金堂)仏像鞍作鳥飛鳥この時代の仏教彫刻の代表的なもの唐招提寺建築物鑑真天平来日した鑑真が建立したのが唐招提寺東大寺正倉院建築物聖武天皇天平校倉造の倉庫古事記歴史書太安万侶天平712年に成立日本書紀歴史書舎人親王天平720年に成立古今和歌集歌集紀貫之国風醍醐天皇の命により紀貫之が編さん源氏物語物語紫式部国風宮廷の生活が題材となっている小説土佐日記日記紀貫之国風かな文字で書かれた日記枕草子随筆清少納言国風「春はあけぼの…」が有名な随筆平等院鳳凰堂建築物藤原頼通国風京都の宇治に建立平家物語軍記物琵琶法師鎌倉「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。」金沢文庫学問所北条実時鎌倉武士の学問所として作った場所愚管抄歴史書慈円鎌倉愚管抄の読みは「ぐかんしょう」、慈円の読みは「じえん」方丈記随筆鴨長明鎌倉「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず…」徒然草随筆吉田兼好鎌倉「つれづれなるままに日ぐらし…」新古今和歌集歌集藤原定家鎌倉後鳥羽上皇の指示により藤原定家らが編さん金槐和歌集歌集源実朝鎌倉三代将軍源実朝の歌集金剛力士像(東大寺南大門)彫刻運慶、快慶鎌倉向かって左側が「阿形(あぎょう)像」、向かって右側が「吽形(うんぎょう)像」金閣寺建築物足利義満室町京都の北山に建立銀閣寺建築物足利義政室町京都の東山に建立水墨画絵画雪舟室町水墨画を大成させたのが雪舟。代表作は「四季山水図」足利学校学問所上杉憲実室町関東の学問の中心として再興能楽能楽観阿弥、世阿弥室町足利義満の保護を受けて観阿弥、世阿弥が田楽や猿楽をもとに完成させた茶道茶道千利休桃山豊臣秀吉の保護を受けて千利休が大成かぶき踊り芸能出雲の阿国桃山歌舞伎へと発展したもの日本永代蔵浮世草子井原西鶴元禄町人物の代表作世間胸算用浮世草子井原西鶴元禄町人物の代表作奥の細道俳諧松尾芭蕉元禄「夏草や兵どもが夢のあと」「閑さや 岩にしみ入る 蝉の聲」など曽根崎心中人形浄瑠璃近松門左衛門元禄世話物の代表作国姓爺合戦人形浄瑠璃近松門左衛門元禄時代物の代表作見返り美人図浮世絵菱川師宣元禄浮世絵を確立した人物が菱川師宣紅白梅図屏風装飾画尾形光琳元禄尾形光琳はほかに「八橋図」が有名風神雷神図屏風装飾画俵屋宗達元禄俵屋宗達はほかに「源氏物語関屋澪標図屏風」がある古事記伝国学本居宣長学問尊王攘夷運動に影響を与えることとなる解体新書医学杉田玄白・前沢良沢学問医学書「ターヘル・アナトミア」の翻訳書大日本沿海輿地全図地図伊能忠敬学問全国を測量して作成した日本地図東海道中膝栗毛滑稽本十返舎一九化政弥次郎兵衛と喜多八の旅行記浮世風呂滑稽本式亭三馬化政浴場を舞台に庶民の生活を描写南総里見八犬伝読本滝沢馬琴化政八人の若者が主人公となっている小説おらが春俳諧小林一茶化政「すすめの子 そこのけそこのけ お馬が通る」など富嶽三十六景風景画葛飾北斎化政富士山をテーマとした風景画東海道五十三次風景画歌川広重化政東海道の名勝をテーマとした風景画舞姫文学森鴎外明治森鴎外は軍医も務めた作家学問のすすめ文学福沢諭吉明治「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」坊ちゃん文学夏目漱石明治夏目漱石はほかに「吾輩は猫である」「それから」「こころ」などみだれ髪文学与謝野晶子明治「たけくらべ」「にごりえ」は樋口一葉一握の砂文学石川啄木明治「銀河鉄道の夜」は宮沢賢治荒城の月音楽滝廉太郎明治作曲が滝廉太郎黄熱病の研究科学野口英世明治野口英世は千円紙幣の肖像画となっている人物中学歴史の文化に関する一問一答チェック【問題】次の作品に関連する人物名を答えよ。上にある表の中からランダムに5問が出題されます。作品名人物名黄熱病の研究野口英世解体新書杉田玄白・前沢良沢奥の細道松尾芭蕉釈迦三尊像(法隆寺金堂)鞍作鳥大日本沿海輿地全図伊能忠敬赤い部分をクリックすると正解が表示されます。ちがう問題で確認ココをクリックすると問題が入れ替わります何回も挑戦してみてください。
    Read More
  • 中学歴史「文学作品」の一問一答
    中学歴史に出てくる文学作品厳選51源氏物語、徒然草、吾輩は猫であるなど中学歴史に出てくる文学作品とその作者を読み方も含めて一覧にしました。小説だけでなく、神皇正統記などの歴史書や蘭学事始などの学術書系も掲載しています。中学歴史に出てくる文学作品作品名読み方作者読み方出版年土佐日記とさにっき紀貫之き の つらゆき934枕草子まくらのそうし清少納言せい しょうなごん1002源氏物語げんじものがたり紫式部むらさき しきぶ1008方丈記ほうじょうき鴨長明かも の ちょうめい1212金槐和歌集きんかいわかしゅう源実朝みなもと の さねとも1213愚管抄ぐかんしょう慈円じえん1220徒然草つれづれぐさ吉田兼好よしだ けんこう1330神皇正統記じんのうしょうとうき北畠親房きたばたけ ちかふさ1341本朝通鑑ほんちょうつがん林羅山はやし らざん1670好色一代男こうしょくいちだいおとこ井原西鶴いはら さいかく1682日本永代蔵にほんえいたいぐら井原西鶴いはら さいかく1688世間胸算用せけんむなざんよう井原西鶴いはら さいかく1692農業全書のうぎょうぜんしょ宮崎安貞みやざき やすさだ1697野ざらし紀行のざらしきこう松尾芭蕉まつお ばしょう1698おくのほそ道おくのほそみち松尾芭蕉まつお ばしょう1702曽根崎心中そねざきしんじゅう近松門左衛門ちかまつ もんざえもん1703国性爺合戦こくせんやかっせん近松門左衛門ちかまつ もんざえもん1715西洋紀聞せいようきぶん新井白石あらい はくせき1715海国兵談かいこくへいだん林子平はやし しへい1787古事記伝こじきでん本居宣長もとおり のりなが1790群書類従ぐんしょるいじゅう塙保己一はなわ ほきいち1793東海道中膝栗毛とうかいどうちゅうひざくりげ十返舎一九じっぺんしゃ いっく1802浮世風呂うきよぶろ式亭三馬しきていさんば1813南総里見八犬伝なんそうさとみはっけんでん滝沢馬琴たきざわ ばきん1814蘭学事始らんがくことはじめ杉田玄白すぎた げんぱく1815大日本沿海輿地全図だいにほんえんかいよちぜんず伊能忠敬いのう ただたか1821戊戌夢物語ぼじゅつゆめものがたり高野長英たかの ちょうえい1838おらが春おらがはる小林一茶こばやし いっさ1852学問のすすめがくもんのすすめ福沢諭吉ふくざわ ゆきち1872民権自由論みんけんじゆうろん植木枝盛うえき えもり1879小説神髄しょうせつしんずい坪内逍遥つぼうち しょうよう1885浮雲うきぐも二葉亭四迷ふたばてい しめい1887舞姫まいひめ森鴎外もり?おうがい1890五重塔(小説)ごじゅうのとう幸田露伴こうだ ろはん1892たけくらべたけくらべ樋口一葉ひぐち いちよう1896金色夜叉こんじきやしゃ尾崎紅葉おざき こうよう1897武蔵野むさしの国木田独歩くにきだ どっぽ1898みだれ髪みだれがみ与謝野晶子よさの あきこ1901吾輩は猫であるわがはいはねこである夏目漱石なつめ そうせき1905坊ちゃんぼっちゃん夏目漱石なつめ そうせき1906破戒はかい島崎藤村しまざき とうそん1906蒲団ふとん田山花袋たやま かたい1907一握の砂いちあくのすな石川啄木いしかわ たくぼく1910雁がん森鴎外もり?おうがい1911或る女あるおんな有島武郎ありしま たけお1911羅生門らしょうもん芥川龍之介あくたがわ りゅうのすけ1915高瀬舟たかせぶね森鴎外もり?おうがい1916友情ゆうじょう武者小路実篤むしゃのこうじ さねあつ1919暗夜行路あんやこうろ志賀直哉しが なおや1921蟹工船かにこうせん小林多喜二こばやし たきじ1929路傍の石ろぼうのいし山本有三やまもと ゆうぞう1937中学歴史の文学作品に関する一問一答チェック【問題】次の作品の作者名を答えよ。上にある表の中からランダムに5問が出題されます。作品名作者名吾輩は猫である夏目漱石南総里見八犬伝滝沢馬琴東海道中膝栗毛十返舎一九暗夜行路志賀直哉金色夜叉尾崎紅葉赤い部分をクリックすると正解が表示されます。ちがう問題で確認ココをクリックすると問題が入れ替わります何回も挑戦してみてください。
    Read More
  • 中学歴史「江戸時代の文化」の一問一答チェック
    中学歴史「江戸時代の文化」の一問一答集【問題】【解答】江戸時代に上方を中心に発達した町人文化は?元禄文化江戸幕府により奨励された「上下関係を重んじる」学問は?朱子学松尾芭蕉による紀行文は?奥の細道人形浄瑠璃の脚本「曽根崎心中」を書いた人物は?近松門左衛門杉田玄白らが翻訳した人体解剖書は?解体新書「古事記伝」を記し、国学を大成させた人物は?本居宣長全国の沿岸を実測して日本地図を作製した人物は?伊能忠敬風景画の浮世絵「富嶽三十六景」を描いた人物は?葛飾北斎江戸時代に子どもが「読み、書き、そろばん」を学んだ場所は?寺子屋弥次さん喜多さんが登場する小説「東海道中膝栗毛」の作者は?十返舎一九「江戸時代の文化」一問一答チェック上に掲載した表からランダムに5問が出題されます。問題正解杉田玄白らが翻訳した人体解剖書は?解体新書「古事記伝」を記し、国学を大成させた人物は?本居宣長全国の沿岸を実測して日本地図を作製した人物は?伊能忠敬風景画の浮世絵「富嶽三十六景」を描いた人物は?葛飾北斎江戸時代に子どもが「読み、書き、そろばん」を学んだ場所は?寺子屋赤い部分をクリックすると正解が表示されます。ちがう問題で確認ココをクリックすると問題が入れ替わります何回も挑戦してみてください。江戸時代の文化に関する中学歴史での出題ポイント元禄文化は上方中心、化政文化は江戸中心。どちらも町人文化「寛政異学の禁」では、朱子学以外の学問が禁止された俳諧を文学として大成させたのが松尾芭蕉近松門左衛門は、義理と人情の世界に生きる男女の悲劇をテーマにしているオランダ語訳の「ターヘル・アナトミア」を日本語に翻訳したのが解体新書国学は幕末の尊王運動に影響を与えることとなる地図作製には関孝和による和算も役に立っている風景画は「富嶽三十六景(葛飾北斎)」「東海道五十三次(歌川広重)」が有名寺子屋が広まったことで庶民も教育を受けることができるようになった化政文化の小説「南総里見八犬伝」の作者は滝沢馬琴
    Read More